2018年秋に六本木ヒルズに勢揃いした21挺のストラディヴァリウス。
極東の国、日本にこれだけのストラディヴァリウスが勢揃いするというのは前代未聞のことでした。
なにしろ1挺10億円を超えることもある、生きる文化財といっても過言ではないヴァイオリンの銘器がクラシックの本場ではない国に集うことなんて、誰が想像したでしょうか。

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たった一人で始めた「東京ストラディヴァリウス・フェスティバル」計画

日本ヴァイオリン二代目の中澤創太さんが日本のクラシック市場を開拓しようとして始めたこの企画。本書で語られているように、一筋縄ではいきませんでした。

しかし熱いハートのもとに、彼の古巣である電通の元同僚を巻き込み、昵懇の仲である宗次徳二さん、東京藝術大学長澤和樹さんをはじめとする多くの方が賛同し、やがては英国王立音楽院、アシュモレアン博物館など海外のストラディヴァリウスを収蔵している機関とも交渉し、そしてほんとうに2018年に開催にこぎつけてしまったのですから・・・。

自分自身もこの催しには足を運び、展示されたすべてのストラディヴァリウスの個性を目の当たりにしたときは、もうため息しか出てきませんでした。
自分の人生でこれほどのストラディヴァリウスをまとめて見ることは絶対にありえないだろうという思いを胸に会場を後にした記憶が残っています。

スタート地点は一人でも、熱いハートと実行力があれば大きな目標でさえも突破できることの最高の例と言えるでしょう。

情熱は磁石

この本を読んで伝わってくるのは中澤創太さんのストラディヴァリウスにかける情熱、そして日本のクラシック市場を拡げたいという熱い思いです。

日本人のうち、クラシックを聴いている人は人口の1%。

私は「だったら超マイノリティ、変態趣味なんじゃ?」と思っていました。

浅はかでした。中澤さんに言わせると、99%に向けて発信できる余地を残した、ブルーオーシャンなのだとか。こりゃ参りました・・・。

この信念で行動していくと、パソナグループやANAなどが少しずつ協賛としてパートナーに加わり、さらには海外の機関まで心を開いて協力の輪が広がってゆくのでした。

「目的を見つけよう。手段は後からついて来る」

「目的を見つけよう。手段は後からついて来る」。この言葉を残したのはマハトマ・ガンジーです。
中澤さんも日本のクラシック市場に新しい風を吹き入れるという大きな目標を見つけると、色々な人や機関にアプローチを始めます。『TOKYOストラディヴァリウス1800日戦記』を読んでいると、トライ・アンド・エラーの繰り返しで、何回もエラーを繰り返した挙げ句予想外のOKがやってくるということもあったようです。

放浪の天才画家・山下清は「放浪していておにぎりをもらえないってことはないんですか?」と尋ねられたことがあります。
すると彼は「おにぎりがもらえるまで歩き続けるから、もらえないってことはないんだな」。

松下幸之助もやはり同じことを言っていました。日本中から経営者が集まった講演会で、「松下さん、どうしたらあなたのように成功するのでしょう?」という質問への返しが「あんた、そりゃ簡単ですわ。成功するまで続ける、それだけですわ。成功しない人は、みな途中で諦めてしまう。だが、私は成功するまで続けた、それだけの違いですわ」。

やはり、この本には山下清や松下幸之助と同じことを言っている文章が掲載されていました。
不可能と言われた展覧会をなぜ成功することができたのか。それは「できると信じて諦めない」。この一言に尽きると思う。それがなかなかできないのだと言われるけれど、できると信じないでできるはずがないし、諦めたらそこで終わりだ。「できるまでやる」しかないのだ。

中澤さんがストラディヴァリウス・フェスティバルを開催させるまでの足取りもまさにこれでした。ただ成功するまで続けた、それだけの志があった。だから成功した。私たちは普段「生産性」といった表面的なことに目をやりがちです。しかし実際には「これを絶対にやり遂げるんだ」という熱いハートのほうが大切であり、だからこそそうした思いを持って悔いのない「天命」にどうやって巡り合うかということは誰にとっても非常に重要な命題だといえるでしょう。

おわりに

プロジェクトは見事に成功、大盛況のうちに幕を下ろす・・・、かと思いきや私のようなヴァイオリン好きにはたまらない朗報が書かれていました。

こんどはグァルネリだそうです。

気品の漂うストラディヴァリウスと比べて、気性の荒かったグァルネリの性格が反映されているのか力強い作品が多いことで有名です。
ストラディヴァリとほぼ同じ時代を生きた名匠グァルネリの作品は、ストラディヴァリウスよりもずっと少ないことで知られています。

しかしそのグァルネリが今度は、東京に?
私のうろ覚えですが現存数はおよそ160。600ほど存在することが推定されているストラディヴァリウスと比べるとその少なさは明らか。

一体どうやってグァルネリを東京に集結させるのか・・・?

一つ言えるのは、一度ストラディヴァリウスで成功しただけに、そこで培った信頼は絶大なもの。2度目の困難もおそらく中澤さんの行動力で乗り越えてゆくものと思います。

ストラディヴァリウスの次はグァルネリかと、私は今からワクワクが止まりません。