『戦う!書店ガール』の第2話は、W主演である稲森いずみさん演じる西岡理子に多くの時間が割かれ、北村亜紀(渡辺麻友さん)は少しかすみがち。

それでも多くの怒り、軽蔑、驚きなどの表情が渡辺麻友さんの顔に浮かび、見る人を飽きさせません。

当時の彼女はアイドルという立場だっただけに、つねに笑顔でポジティブな感情をファンに与えなければなりませんでした。
それだけに当時の彼女が顔で表したネガティブな感情は「演技」を見る喜びを満喫させてくれます。


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(画像:DVDよりキャプチャ。ドスの効いた顔。この表情は2年後にふたたび・・・。)


『戦う!書店ガール』第2話に浮かぶネガティブな感情表現

ご存知のとおり第2話では北村亜紀が自分の元交際相手といま現在付き合っており、しかも妊娠しているのではという一方的な疑惑から物語が展開していきます。

第2話後半で週刊誌のストーカー殺人記事を読みながら、くだらない痴情のもつれを一刀両断する渡辺麻友さんの表情はドスの効いたもの。お嬢様育ちの亜紀にとってこういうネタ自体が取るに足りませんしね。

不幸なことに、この番組から2年後の総選挙では舞台上で結婚を発表したメンバーに対してこのときの亜紀と同じような表情を浮かべることになります。
一応「その時は自分のスピーチを考えていて、たまたまああいう表情になった」ということになっていますが・・・、実際はどうだったのか・・・。これは追究しなくてもよい真実だと思います・・・。

このあとの亜紀の人事異動歓迎会は圧巻です。
副店長西岡理子が語る自分の悪口。それを至近距離から立ち聞きすることになったときの見開いた目、軽蔑しきって見下した表情、突き放すような「歓迎なんかして頂きたくありませんから!」の硬質な口調で拒絶の意志を強調する彼女・・・。端正な顔立ちの渡辺麻友さんがこういう演技をすると、平和な田園に突如としてやってきた嵐を思わせるような迫力が生れます。

さらには自分の疑いを晴らしたときの、目を見開いて愕然とした面立ちになるときの表情の変化も、緊張と弛緩のコントラストが面白く、このあたりはデジタル放送だからこその鮮明な画像がありがたいです。

お嬢様ゆえの誤算

北村亜紀は大手文具メーカー会長を祖父に持つコネ入社という設定で、要するにお嬢様ということになっています。

お嬢様というとつまり成城石井は知っているがオーケーストアは行ったことがない、納豆なら3パック198円を買っている、高級ブランドのバッグを持っている・・・。そんなイメージでしょうか。
普段私はダイエー系列のスーパーに通い、ドラッグストアで3パック38円の納豆に喜び、吉野家で700円も使った日には「自分もお金持ちになったんだ」と見当違いも甚だしい感慨にふけり、何年社会人をやっていても1万円の腕時計や2~3万円のスーツを着ている(ただのケチ)のでこういうお嬢様が近くにいるときっとイライラしてしまうでしょう・・・。

「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」。
お嬢様中のお嬢様マリー・アントワネットは民衆の窮状を知らず、こんなことを言って反感を買うことになります(実際はそんなことは言っていないようですが)。
要するに世の中のいろんなことを知らず、自分が想像しているように社会が動くと思ってしまうのがこのタイプの人の困ったところ。

だから亜紀が同僚・三田孝彦に告白して振られたときの表情はどうでしょう。思いがけない相手のリアクションに呆然となりながら「私、振られたんですか」とつぶやく瞬間までの、時間にしてわずか10秒にもかかわらずここにはいろんな感情が行き来しています。

のちに演じることになる『なつぞら』の三村茜とはまた違った個性の北村亜紀という人間を演じる渡辺麻友さんとしてもかなり台本を読み込み、自分なりに「北村亜紀」を咀嚼したうえでの演技であるということは十分に汲み取れます。

このように、アイドルではないときの渡辺麻友さんは女優としてさまざまな表情を見せながら、自分に何が足りないのかを自問自答しながらも演技という表現手段を使いこなそうとしていた跡が伺われます。

しかも当時の渡辺麻友さんはおそらく人生で最も忙しい時期にあたっていたはずで、そのなかで怒りや失望、疑い、放心といった表情を試行錯誤しその成果を全国放送で披露するというのは大変なことです。

「アイドルは演技が下手」などという言葉はよく耳にしますが、これこそまさに「批判はゼロ円だが、舞台に上がるためには膨大な努力が必要」という、「批評する人/努力する人」の非対称性の縮図であろうと思います。

2020年に渡辺麻友さんは芸能界を引退することになり、その遠因ともいえるのがこうした謎の中傷だったと言われています。彼女に届いていたのは私達ファンの声だけではなく、もしかするとそれ以上に伝わっていたのがこうした声だとすると、向上心を持ちさらに上を目指そうとすることはともすればある種の悲しさと手を携えていることを示唆しているようで、今なお私を悲しくさせます。

後日、第3話について引き続き記事を作成させていただきたいと思います。