NHKの朝ドラ『なつぞら』で吉沢亮さん演ずる山田天陽のモデルとなっていた、北海道の画家、神田日勝。

彼の展覧会が東京駅内に設けられている東京ステーションギャラリーでようやく開催されました。

『なつぞら』を(もともとは三村茜として出演していた渡辺麻友さんを目当てに)見ていた私もさすがに山田天陽が自分の郷里や画業に捧げる愛着を感じ取り、神田日勝の絵をぜひ見たいと思っていました。

ようやく自分の目で作品を鑑賞することができたのですが、その作品群とは・・・。

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大地への確かな手触りを感じさせる絵画たち

1937年に東京に生まれた彼は、政府の移住計画により家族とともに北海道・帯広近郊の鹿追町に転居。兄から油絵を学ぶと、中学卒業後に農業に従事するかたわら創作活動を続け、北海道の様々な展覧会に出品するようになります。
神田日勝の作品をまとめて鑑賞してまず感じられることは、明らかに自分の生活に根ざした作品しか手がけようとしていないという点です。

自分のイマジネーションを羽ばたかせて、例えば空想的な作品を描くようなことだってできたでしょうが、実際には馬や自分の家、労働者の姿、近隣の風景といったものがほとんどです。

こうしたものが彼の生活の全てであり、世界であったことがうかがわれるようです。
(どうやらセザンヌやピサロ、ゴッホなどを参考に制作していたようです。)

今回の「大地への筆触」に出展されている作品を挙げてみるとそのことがよりおわかりいただけると思います。

・自画像

・風景

・痩馬

・家

・ゴミ箱

・人と牛

・室内風景

とくに彼は馬や牛といった、自分でもよく知っているはずの動物を題材に選んでいます。
「芸術は作者にとって表現者にとって最も重大なこと、最も切実なもの、自身の生活に最も強い関わりのあるもの、最もよく知りつくしたもの・・・を主題に選ぶべきだと思っています。それでなくてどうして作品を通じて強い発言ができましょうか」。
神田日勝のこの言葉が会場入口で配布されているパンフレットに記載されています。
だからこそ彼は馬や牛をたくさん描いたのですね。

その馬や牛の絵画をじっと見ていると、毛の一本一本までが丁寧に描かれつくしていることがわかります。
近づいて見ると、愛用のペインティグナイフで絵の具をけずったり平らにしたりしながら毛の雰囲気を忠実に再現しようとしていることがわかります。

それは農作業を共にした仲間である馬や牛へ深い愛着があったからこそで、大地の手触りを知る者だけが表現できた、きれいごとを排した美しさが描かれているようです。
事実彼は死んだ牛の様子をも描写しています。死んだ牛は腹にガスが溜まるのを避けるために、死後ただちに腹を切り裂いてしまうのですが、彼は切り裂かれて内臓が見えている様子も克明に絵の具を使って描写しているのです。

それは何もグロテスク趣味ではなく、「死」の中にも描き出しておきたいある「真実」を見つけたからこその表現行為だといえるでしょう。

『なつぞら』に登場する演劇部の先生ならきっと『魂が感じられる!』と言うに違いありません!

神田日勝が描く、十勝の農村

『なつぞら』でも登場人物が語っていましたが、彼が生きていた頃の十勝は冷害などに悩まされ、農業が立ち行かなくなり離農する人もいました。

「荒野の廃家」や「離農」といった作品には、のどかな田園風景といった都会人から見たステレオタイプな北海道の風景を否定し現実を見せつけるリアリズムに満ちています。

その一方で、神田日勝は帯広信用金庫のカレンダーに提供するための作品として「扇ヶ原展望」という絵も残しているのですが・・・、これは『なつぞら』で天陽くんが制作して「雪月」のお菓子の包み紙にもなったあの作品とそっくりではありませんか!

館内は写真撮影ができないので言葉で伝えるのは難しいのですが、『なつぞら』の十勝の風景が好きだという方はぜひご自身の目で確かめていただくほかありません。

「馬」、絶筆に終わる

神田日勝は32歳の若さで急逝します。
後にはベニヤ板に描かれた、未完成の「馬」が残されます。

彼はやはり最後まで自分の世界であった農業や大地にこだわり、自分の仲間であると言っても過言ではない「馬」を題材に創作の手を止めることはありませんでした。

この「馬」は結局完成することはありませんでしたが、初期の作品と比べると技巧的にも工夫が凝らされ、もっと長く生きることができたら数々の名作を生み出せただろうと想像できます。
若い才能が不本意に断ち切られてしまったことの痛切さ、それでも彼が残した作品が広く愛され、次の世代にも届いていることがこの「馬」にふたつながらに示されているように思えてなりません。

館内では無料Wi-Fiが利用でき、スマホがあれば吉沢亮さんの解説音声を聴きながら作品を鑑賞できます。
吉沢亮さんの感想とともに、また『なつぞら』の様々な場面と重ね合わせながら、厳しい環境の中絵筆を振るい続けた神田日勝が大地に寄せた思い、絵画への熱意へ思いを馳せるのは素晴らしいひとときでした。

蛇足

ちなみにですが、「雪月」のモデルになったお菓子屋「柳月」は調べてみたところ楽天などでも取り寄せができましたので、一例として下にリンクを貼っておきます。

私は「なつぞら」関連スポットとして新宿の中村屋ビルにも足を運びましたが、一つのTVドラマでここまで色々動いたのは初めてでした。

こうなったらいっそ十勝に実際に行ってみるのもいいんじゃないか・・・、そう思い始めています。


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