人間と動物の違いはやはり「意志」があるかないかでしょう。

なにかに向けて努力したり、励んだりしているときに人は「生きがい」を感じます。

逆にそれが失われてしまったときに猛烈な虚しさを感じ、最悪の場合生きるエネルギーを失ってしまうことがあります。

私はこのブログで時折マルクス・アウレリウスの『自省録』を引用したことがあります。
ローマ帝国の皇帝だった彼は、次のようなストイックな言葉を書き残しています。
アポローニウスからは、独立心を持つことと絶対に僥倖をたのまぬこと(を学んだ)。たとえ一瞬間でも、理性以外の何者にもたよらぬこと。
ひどい苦しみの中にも、子を失ったときにも、長い患いの間にも、常に同じであること。
引用は岩波文庫版からですが、翻訳は神谷美恵子(1914-1979)によるもの。

彼女は神戸女学院大学、津田塾大学などの教授として活躍するとともにハンセン病患者の施設である長島愛生園の精神科に勤務したことがあります。
「人間の生き方」について鋭い論考を残していますが、代表的なものはやはり『生きがいについて』

NHKの「100分de名著」にも取り上げられたことがあります。
神谷美恵子がとりわけこだわったのは、「生きがい」が決して言語化できない何かであり、考える対象ではなく「感じられる何か」であるということ。神谷が生きがいをとらえようとするさまざまな言葉から浮かびあがるのは、生きがいが、他者のものとは安易に比較できない「固有のもの」であるということだった。第1回は、神谷美恵子が探求し続けた「生きがい」の多面的な意味を、さまざまなエピソードを通して明らかにしていく。

(https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018087480SA000/より)

神谷はこう指摘します。
「人間が最も生きがいを感じるのは、自分がしたいと思うことと義務とが一致したときだと思われる」。
そして、生きがいを最も強く感じる人というのは、「使命感に生きる人」だとしています。

実例として彼女はオルガニストとしても、医者としても豊かな才能があったシュバイツァーを挙げています。彼は若くして自分の天分を自覚しつつも、30歳までは学問と芸術に生きてよいが、そこから先は人類へ奉仕することを自らの使命とすることを決意します。

現に28歳で孤児の世話を始め、その後コンゴ医療伝導に従事することとなりました。
彼の行動に周りの人は首をかしげますが、シュバイツァーの価値基準からすれば自らの使命と思われることを遂行することが最優先事項だったようです。

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生きがいが奪われるとき

神谷美恵子は岡山県の長島愛生園で医療活動に携わりながら、ハンセン病患者とのコミュニケーションを経て、「生きがいが奪われるとき、人は絶望にどう向き合うのか」という研究を深めていきます。

仕事や家庭など様々なことに生きがいを感じていたのに、それがある日断ち切られてしまいます。
『生きがいについて』で挙げられているハンセン病を宣告された人の心境は、
「わが人生の終末だと思った。」
「この世がいやで何とかして死にたかった。」
「死を決意したが、母の悲しみを思い、できなかった。」
しかし神谷はこうした人たちの聞き取りを進めながら、少数の闘病者にははっきりと生きがいを感じ、精神的に深みを増してゆくことに気づきます。
彼らは自分の悩みに真剣に向かい合った結果として、初めて自己に対面することになったのでした。

人間が真にものを考えるようになるのも、自己にめざめるのも、苦悩を通してはじめて真剣に行われる。

(中略)

「人間の意識をつくるものは苦悩である」というゲーテのことばは正しい。苦しむことによって初めてひとは人間らしくなるのである。
要するに苦しみが人格を向上させ、完成させることに作用するのです。
自分に課せられた苦悩をたえしのぶことによって、そのなかから何事か自己の生にとってプラスになるものをつかみ得たならば、それはまったく独自な体験で、いわば自己の創造といえる。それは自己の心の世界をつくりかえ、価値体系を変革し、生存様式をまったく変えさせることさえある。ひとは自己の精神の最も大きなよりどころとなるものを、自らの苦悩のなかから創り出しうるのである。知識や教養など、外から加えられたものとちがって、この内面からうまれたものこそいつまでもそのひとのものであって、何ものにも奪われることはない。

このくだりを読んだとき、私はどうしてもベートーヴェンのことを思い出さずにはいられませんでした。当代きってのピアニストとしてデビューしつつも難聴が悪化し、演奏家としてのキャリアが脅かされてしまいます。しかしそのことを知られてしまったら、本当に自分は終わりだ・・・。

そう考えた彼は人間ぎらいを装い、自然のなかに身を寄せるようになります。
やがて彼は自殺を思い、「ハイリゲンシュタットの遺書」とよばれるメモを残します。
私の傍らに座っている人が遠くから聞こえてくる羊飼いの笛を聞くことができるのに私にはなにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。
そのような経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとするばかりのこともあった。

そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。

(http://www.kurumeshiminorchestra.jp/beethoven_heiligenstaedt.htmlより)

しかし彼は芸術への思いから踏みとどまり、後年ウィーン郊外のハイリゲンシュタットをふたたび訪れた彼は『交響曲第6番 田園』を完成させます。この曲は「嵐」を経て「牧人の歌、嵐のあとの喜びと感謝」で結ばれており、単なる自然描写にとどまらない、苦悩(心の中の嵐)を経て生きる歓びに到達する心理をも音楽で表現しています(ほぼ同時並行で『交響曲第5番 運命』が作曲されており、苦悩から歓喜へというパターンがこちらにも見られます)。

このエピソードは、ひどい苦しみが襲いかかってきたとしても、逃げずに正面から向き合うならば、私たちの内面を深化させ新しい自分へと変わってゆくことができることを示すものです。ベートーヴェン、すごく人間くさいですね・・・。

おわりに

以上は神谷美恵子の『生きがいについて』のほんの一部をご紹介したもので、実際にお読みいただくとこの記事ではまとめきれないほどの深みと気付きに満ち溢れています。
「人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない」との言葉が本の終わりに登場し、五体満足の人も重い病をかかえた人も同じ人間であり、心の世界は誰にも等しく与えられていることを訴えています。

もし私が深い悩みに襲われた人へ何か一冊の本を差し出すとしたら、やはり『生きがいについて』以外はありえないでしょう・・・。