世の中にはたくさんのヴァイオリンコンクールがあります。
日本国内でも、
・日本音楽コンクール
・全日本学生音楽コンクール
・日本クラシック音楽コンクール
・東京音楽コンクール
・仙台国際音楽コンクール
など。
世界的にひときわ注目される国際コンクールといえば、
・パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール
・エリザベート王妃国際音楽コンクール
・チャイコフスキー国際コンクールですね。
こうしたコンクールにエントリーできるだけでも相当のもの。
私自身もヴァイオリンを弾いていますが、晩学の悲哀というのかせいぜいモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』をよたよたと弾いて、第1楽章の最後に出てくるサム・フランコのカデンツァで大爆死を遂げるというありさま・・・。
コンクールにチャレンジなさる皆様はきっと私よりはるかに上手いはずです。心より敬意を表したいと思います。
これらのコンクールで1位になるというのは素晴らしいことですし、1位なしの2位とか1,2位なしの3位とかでもすごいことです。
でも1位と2位の差ってどれくらいあるのでしょうか?
ある日の講演会で興味深いお話を聞きましたので書きとめておきます。

ヴァイオリンのコンクールで1位と2位の差がどれくらいあるか。ものすごかった。
講演の先生は音楽プロデューサーの中野雄(なかの たけし)さん。
ケンウッドの取締役を経て音楽プロデューサーに転身、首都圏の大学でも講師として音楽関係の科目を講義した経歴をお持ちの方。
中野雄さんは概ねこのようなことを語りました。
ヴァイオリンのコンクールで1位を取るというのは、プロとしてやっていけると認められたようなもの。2位ならしばらく待って準備していれば、もしかしたら・・・。それくらい違うんです。1990年のチャイコフスキー国際コンクールに諏訪内晶子さんが挑戦しようとしていたので、私と(諏訪内晶子さんの師匠の)江藤俊哉さんは止めたんですよ。「あなたはパガニーニ国際ヴァイオリンコンクール、日本国際コンクール、エリザベート王妃国際音楽コンクールで2位を取った。これは素晴らしいことだ。あなたがここでチャイコフスキー国際コンクールにチャレンジして、万が一予選落ちしてしまったら目も当てられない。これまで積み上げてきたキャリアに傷がついてしまう」でも諏訪内さんはこう言ったんですね。「これまでソ連のヴァイオリニストに負けて、どういう国なのかソ連を見てみたくなったんです」「2位ならオーケストラに就職できるかもしれない。でもプロヴァイオリニストとしてやろうとしたら1位を目指すしかない」
すこし解説しますと、諏訪内晶子さんは1990年のチャイコフスキー国際コンクールに挑戦するまでいくつか国際コンクールにチャレンジしていずれも2位。
1位を取ったのは、ソ連なり東ドイツなり、社会主義の国から送り込まれてきた学生たちでした。
ソ連が崩壊したいま、私たちは「それは”社会主義は文化の面でも資本主義の国に勝る”ということを見せつけるために若者たちをプロパガンダに利用しているだけだ」と後知恵的に知ることができますが、当時としてはそういうのを見抜くことも難しく、まだ高校生だった諏訪内晶子さんはソ連の音楽教育に非常に関心を募らせていったようです。
こうして彼女はチャイコフスキー国際コンクールにエントリーし、予選では高熱を出すなどのトラブルに見舞われつつも見事1位を獲得しています。
(参考:『ヴァイオリンと翔る』。文庫版が出ていたものの絶版? らしくアマゾンでは取扱がない模様。代わりに旧版つまり終章が補完されていないほうのリンクを貼っておきます。)
このような事情から考えると、1位と2位の差というのはかなりの隔たりがあるようですね・・・。
でもたしかにオリンピックでも金メダル選手の名前は覚えていても銀メダリストの名前はなかなか出てきませんから・・・。
ちなみに中野雄さんご自身もヴァイオリンを弾くことができ(鈴木鎮一に師事していたとか)、ウィーン・フィル団員が持っていたストラディヴァリウスを弾いたこともあるそうです。
そのときの苦い顛末が著書『ストラディヴァリとグァルネリ』に書かれています。(どんなことになったのかは、実際に読んでみてご確認ください。ヴァイオリンを弾く自分も読んでいて切なくなりました。)
このエピソードを読むと、差がものすごいのはコンクールの1位と2位だけではなく、そもそもプロとアマチュアも日本とブラジルくらいの隔たりがあるようです・・・。
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