2019年11月21日、東京都にある四谷の紀尾井ホールで行われたヴァイオリニスト、宮本笑里さんのリサイタル。

これは10月にもともと予定されていたものですが、台風によりこの日に延期となっていました。

宮本笑里さんというとクラシックの演奏家というよりもTV番組でのポピュラー寄りの作品の演奏を披露していたり、TVCMに起用されたりと、どちらかといえばそちらの方がむしろ有名だという印象を持っている人が大半ではないでしょうか。



 
とはいえTVCMに登場していたのは桐朋学園大学の学長を経験し、諏訪内晶子さんや千住真理子さん、矢部達哉さんや川畠成道さんを育てた江藤俊哉さんも同じです(インスタントコーヒーのCMに「違いの分かる男」として出演)から、CMに登場しているかどうかはその人の音楽性とはあまり関連性がなさそうですね。

というわけで私は11月21日のリサイタルへ出かけていき、充実したひとときを過ごすことができました。
この記事では私なりの感想を書きとめておきたいと思います。

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宮本笑里さんの実力、技術ともに十分なクラシック作品群の演奏

この日のプログラムではカッチーニの「アヴェ・マリア」、エルガー「愛の挨拶」、クライスラー「愛の喜び」、「スラヴ幻想曲」、「ロンドンデリーの歌」、ヴィターリ「シャコンヌ」、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番」よりアダージョ、大島ミチル「風笛」などが取りあげられていました。

プログラムのほとんどがクラシックの小品によって構成され、なかでもバッハの無伴奏を持ってくるあたりに「どういう点に注目してほしいか」というメッセージ性すら感じとることができます。

TV番組ではメロディアスな曲を演奏することが多い宮本笑里さんだけに、「アヴェ・マリア」や「愛の挨拶」、「ロンドンデリーの歌」では心地の良いセンスあふれるカンタービレを聴くことができました。

私自身もヴァイオリンを弾く(といってもプロではなく、かろうじてモーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』をヨタヨタと弾くくらい)のでこの楽器のことはある程度は分かっているつもりなのですが、宮本笑里さんのヴァイオリンからは女性らしい繊細な音が常に流れ出しており、一見何気ないように見えるものの、確かな技術を支えるために日々トレーニングを欠かさないことが伺われます。

印象的だったのがヴィターリの「シャコンヌ」。
この曲は「中学生のころ、ドイツのインターナショナルスクールに編入したものの英語がまったく話せず、ある日先生から『ヴァイオリンを弾いてるなら、みんなの前で演奏を披露しなさい』と言われて弾いたのが『シャコンヌ』で、これをきっかけにクラスの仲間から『こういうことを考えているんだね』とコミュニケーションが取れるようになった、思い出の曲」だとご自身の言葉で説明されていました。

最近では研究が進み、17~18世紀に生きたヴィターリの作品ではないのではということになっていますが、いずれにせよ哀愁漂うなかに孤高の気品すら感じさせる、知られざる名品であります。




この曲はじつはヴァイオリンを習っている人ならいつかは必ず出くわす曲(プロ志望なら早ければ小学校高学年くらいで課題として先生から渡されるはず)。
逆に言うと、ヴァイオリンを習ったか、相当この楽器の「名曲」に親しんでいないと知らない曲かもしれません。

宮本笑里さんはおそらくレッスンの課題曲として弾いていたものを今回のリサイタルでも再び披露してみたというところだと思われます。

ともあれヴィターリの「シャコンヌ」は私がこれまで接した実演ではやはり哀感が全面に押し出されたものが多く、また私の自宅にある海野義雄さんのCDでも峻厳な演奏が繰り広げられおり、私の「シャコンヌ」感はこれらがベースになっていますが、宮本笑里さんの場合は哀愁のなかにも絹のようなたおやかさが顔を出し、やはり女性演奏家ならではのきめの細やかさを伺わせるものになっていました。

バッハの無伴奏に宮本笑里さんの技術と感性の両立を見た

プログラム後半はバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番」の「アダージョ」から始まります。
当然ながら「無伴奏」=伴奏者がいない(というか、伴奏に相当する音符も、メロディの部分も、ヴァイオリン1台で一人二役を演じる)わけで、逃げも隠れもできない作品です。

バッハの「無伴奏」といえばこのジャンルにおける空前にしておそらく絶後とも言える完成度を誇る作品。

ほかの「無伴奏」といえばあとはパガニーニ、イザイ、バルトークなどが挙げられますが、ヴァイオリニストの実力を推し量るためにも、また聴いたあとの感銘ではやはりバッハに勝るものではありません。

こういう恐ろしい作品を宮本笑里さんがプログラムに組み込んでいるわけですから、技術の冴えと、美しく響かせようという感性の両立を味わっていただきたいというメッセージに違いない・・・、私はそう捉えました。

結果的には破綻のない演奏で、無理に自分の個性を出そうというところのない、バッハの作品をストレートに表現しようという姿勢の感じられる精緻な演奏。
重音がきれいに響き、紀尾井ホールの2階席に座る私にも十分音は届いていました。

個人的には無伴奏がこれ1曲だったという点がむしろもったいなく、せっかくであれば宮本笑里さんがバッハなりイザイなりの無伴奏曲をもっと披露して頂ければというのが心残りです。


おわりに

コンサートのプログラムによると、宮本笑里さんはモンタナーニャというイタリアンオールドのヴァイオリンを使っている模様です。
こうした古い楽器の音色というのは、TVのスピーカーではその魅力を十分に味わうことができず、実際にホールに足を運んでみて、空間のなかに音が響き渡っている様子を体で味わってみて初めてわかるものです。

正直な話、宮本笑里さんのファンとクラシックを聴く層はあまり重なってないのか何なのか、、、当日の紀尾井ホール2階席はかなり空いていました。
これからも成熟が期待されるヴァイオリニストだけに、その軌跡を追わないのはもったいない。

TV番組などで興味を持たれた方はぜひ一度は実演に足を運んでみて頂ければと思います。