チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』。
ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』とならんで4大ヴァイオリン協奏曲とも称せられ、コンサートで演奏される頻度も極めて高いものとなっています。
チャイコフスキーは『ヴァイオリン協奏曲』を1878年にスイスのレマン湖湖畔、モントルー郊外のクラランに滞在中に完成させています。
スイスで完成させただけに、湖とかアルプスを連想させるおしゃれな曲・・・、かと思いきやロシア情緒がこれでもかと盛り込まれており、作曲者は紛れもないロシア人だということがうかがわれます。
完成当時、高名なヴァイオリニストだったレオポルト・アウアーに献呈しようとするも「難しすぎる」という理由で断られ、代わりにアドルフ・ブロツキーという人物が初演を行っています。
コンサートで取りあげられるととにかくクライマックスが盛り上がり、終演後にはたいていブラボーが飛び交います。
その『ヴァイオリン協奏曲』ですが、世の中にはとんでもない名盤が埋もれていました・・・。
明らかに名盤。佐藤久成さんのチャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』
これは2015年4月に宇和島市で行われた仙台フィルハーモニー管弦楽団の演奏会のライブ録音です。
指揮者は評論家・宇野功芳さんによるもの。
宇野功芳さんは晩年に佐藤久成さんの演奏を高く評価しており、彼のリサイタルをプロデュースしたこともあります。
それだけではなく、とうとう彼をソリストとして立て、チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』を披露するまでに至りました。
宇野功芳さんの指揮といえば往年のクナッパーツブッシュやフルトヴェングラーを連想させるような時代がかった雰囲気にあふれていることで知られており、一部のファンには熱狂的に受け入れられています。
このCDでは協奏曲のサポートに回っており、『ヴァイオリン協奏曲』ではまだ控えめな方と言えるかもしれません。
しかしCDのライナーノーツによると「一般に、オーケストラは独奏ヴァイオリンに配慮して音量を加減するが、佐藤はフォルテはフォルテで通してほしいと要求、その結果、ヴァイオリン独奏を伴う一大シンフォニーの趣となった」とあり、たしかに厚みのある演奏となっています。
対する佐藤さんは、たった一台のヴァイオリンでオーケストラと拮抗する音を出しているのです・・・。
独特すぎるチャイコフスキー
佐藤久成さんの実演をお聴きになった方は大体想像がつくかと思いますが、これがまた大変濃厚な演奏を繰り広げています。
21世紀になった今ではあまり聴かれることのなくなったポルタメント奏法。
私もヴァイオリンを弾きますが、「いやポルタメントは使わないほうがいい」と先生からレッスンのときによく否定されます。
「わかりました」(←本当はなにも分かっていない)と答えますが、私はエルマンなど昔のヴァイオリニストの演奏が好きなせいで、ついポルタメントを使ってしまいます・・・。
そのたびに「いやポルタメントは使わないほうがいい」と言われ、「わかりました」(無限ループ)。
佐藤久成さんは堂々とポルタメントを使い、ロシア情緒をねっとりと表現。
さらにはテンポも所々で自在に変化。
しかも強弱の付け方が非常にはっきりしており、まるでゴッホの厚塗りの絵画を思わせるものがあります。
音色は全体として非常に野太く、フルオーケストラが鳴りきっても十分に対抗しています。
数十人がかりのオーケストラと対抗するなんて、普通はできない(大作曲家たちが1曲しかヴァイオリン協奏曲を残さず、他方でピアノ協奏曲は複数作曲しているのは、そういう限界を悟ったからでしょう・・・)ことです。
その「ありえない」が「現実に起こっている」のがこのCDの不思議なところです。
ハイフェッツやシェリング、ハーンといった有名どころの海外演奏家のCDを一通り聴いてみたという方はぜひ佐藤久成さんのCDを騙されたと思ってぜひお聴き頂ければと思います。
幸い、佐藤久成さんは当然ながら日本を拠点に活動しており、頻繁に演奏会を開いています。
私は2019年4月に東京都の豊洲で行われた無伴奏リサイタルでバッハの「シャコンヌ」を聴きましたが、グイグイと人を弾き込む力強い演奏に大満足! こういう演奏家を少しでも有名にしようと尽力した宇野功芳さんの鑑識眼には脱帽しました!
おわりに
ちょっと大げさな文章に思われるかもしれませんが、佐藤久成さんのコンサートでは本当に「ただ者ではない」演奏を聴くことができます。
薄味で教科書どおり、どこかで聴いたことがあるような演奏を今日もまた聴き、帰り道にはすっかりどんな演奏会だったか忘れてしまう・・・。そういう経験のある方はぜひ佐藤久成さんのヴァイオリンにご注目を!!
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