2019年3月30日、豊洲文化センターで行われたヴァイオリニスト・佐藤久成さんの演奏会を聴きました。

これは本当にすごい演奏だったので記事として書き留めておきたいと思います。

佐藤久成さんの演奏。真剣勝負のプログラム

有名音楽評論家・宇野功芳さんが晩年に才能を認めた佐藤久成さん。
宇野さんは専門誌『レコード芸術』の連載などでしきりに彼の才能を絶賛していました。(宇野さん自身がオーケストラを指揮して、佐藤久成さんの独奏をサポートすることもありました。)

私自身も佐藤久成さんの演奏会は東京文化会館や武蔵五日市でのリサイタルなど、時折足を運んでいました。

今回はイザイ、バルトーク、バッハといずれも無伴奏の作品を取り上げていました。
特にバッハは「シャコンヌ」を含む「無伴奏パルティータ第2番」。
このプログラムはヴァイオリニストにとってまさに逃げも隠れもできない真剣勝負そのもの。

「何かあるな」と直感した私はホールに足を運びました。

rainbow-bridge-798128__340


佐藤久成さんの演奏。唸るヴァイオリン、揺れるテンポ

直感は的中しました。
歌舞伎役者のような見栄の切り方とでも言うのか、聴かせどころでは確実に極太の音を客席に叩き込んできます!

1曲めのイザイの無伴奏ソナタ第2番ではまだ楽器が十分に鳴りきっていないのかと思われる所もありましたが、2曲めの無伴奏ソナタ第3番では楽器が唸りを立てています!

佐藤久成さんとイザイの相性が良いのか、ニュアンス付け方といい、聴かせどころの作り方といい、すべてがピタリとはまりきっている圧巻ぶり!
イザイそしてバルトークの無伴奏ソナタは、泣き叫ぶようなところがあり、悲鳴を上げるようなところもあり、人間の様々な感情が叫び声となってほとばしりでるような箇所が多く見られます。
これらを濃厚な味付けで料理した佐藤久成さんは一級のシェフと言って良いでしょう!

私が注目していたのは(おそらく他の方もそうだと思うのですが)、バッハの「無伴奏パルティータ第2番」。

「シャコンヌ」に至るまでの荘重な足取りもさることながら、「シャコンヌ」では冒頭の主題から一気呵成に進んでいました。とはいえ一つ一つの変奏が雑にはならず、楽想という個性の塊をメリハリをつけて演奏している様子が伺われます。

そしてニ長調に転調する中間部では一瞬音を薄くし、おやっと思わせる展開。
しかしバッハへの敬意と共感に溢れた語り口には、ヨーロッパの堂々たる石造建築を彷彿とさせるもの。
私はシャコンヌが鳴り響く間に、300年前に作曲されたこの作品が現代に生きる私達にもメッセージが届いてること、しかもこの日コンサートホールにいる私達が全員死んでしまった後も、なおバッハの書いた音符たちは生き続け、聴かれ続けるであろうという連綿たる歴史のつながりを実感して気が遠くなりました。

これまで多くの録音・実演含めヴァイオリニストによる「シャコンヌ」を耳にしてきた私ですが、これほど男性らしい充実しきった雄渾な音に接したことはありません。

ヴァイオリンは西洋では「悪魔の楽器」とも言われます。なぜそうしたあだ名が付いてしまったのか、またパガニーニがなぜ悪魔と呼ばれたのか・・・。佐藤久成さんのすすり泣きのようなイザイ、悲痛のバルトーク、私達が人間が積み重ねてきた(そして後に続く世代へ引き継いでゆくことになる)長い歴史への感謝をさえ思わせるバッハの無伴奏を聴けば、その理由の一端も分かるはず・・・。

おわりに

私は帰り道も色んな演奏家の「シャコンヌ」を取っ替え引っ替えiPodで聴いていました。
この箇所は別のヴァイオリニストはどう弾いているのかと・・・。
しかしこの日の佐藤久成さんの演奏はどのヴァイオリニストとも似ておらず(強いて言えばギトリスでしょうか)、弩級の個性を堪能することができました。なぜ宇野功芳さんが激賞していたのか、今はっきりと理解することができました。

もし佐藤久成さんのコンサートチラシを見ることがあれば、ぜひ足を運ぶべきです!


<ご参考>
佐藤久成さんはいくつかCDを出していますが、例えばワーグナーの作品をヴァイオリンで演奏してしまったという極めて珍しい録音があります。ヴァイオリン好きな方にとってはたまらない1枚になっています!