このたび、「ちびまる子ちゃん」などの作者であるさくらももこ先生の訃報が伝えられました。
53歳という旅立つには早すぎる年齢でのご逝去は残念でなりません。

さてそのさくら先生は「もものかんづめ」などのエッセイでも高い評価を得ており、軽妙な文章で私達読者をクスリと笑わせる手腕からは、漫画以外でも秀でた才能があったことを伺わせます。

高校時代に提出した作文には、「現代の清少納言」という評が添えられていたそうです。

ではその作文はどんな内容だったのでしょうか。

「現代の清少納言」評。どんな作文だったか

そのことは自伝的漫画「ひとりずもう」(下巻)に描かれていました。
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(出典:漫画版「ひとりずもう」(下)。管理人撮影、以下同)

この本を読むと、高校3年生になったときに進路で思い悩み、短大へ進学することを決意したようです。

「漫画家になったりしたら大変だろうな。それにひきかえ、OLになってまじめな人と結婚した場合は、25年ローンで静岡市内に一戸建てを購入し、週に1回ぐらいは夫婦で外出して一生に2~3回ぐらい家族でハワイに行ったりするんだ。いいじゃん!! 少しも悪くないじゃん。わたしゃ今やっとハッキリ目が覚めたよ。短大へ行こう!!」

これが短大進学の胸中だったそうです。

そして短大の国文科の推薦入試を受験することになりましたが、担任からは夏休み前に作文の模擬テストを受けよとのこと。

そこで上記のコマの場面となります。

課題は「小論文」ではなく「作文」。
個人的な推測に過ぎませんが、国文科への進学を前提とした模試なので
・文章は5W1Hが整理されているか
・「だである」、「ですます」の統一ができているか
・誤字脱字はないか
・原稿用紙は正確に使えているか
・テーマ選定の独創性
などが採点基準だったのではないでしょうか。

採点結果は・・・?

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「高校生が書いたとは思えない、エッセイ調の文体がすばらしい。まるで、清少納言が現代に来て書いたのかと思うような作文でした。作者の成長が楽しみです」。

後年エッセイ集で見せた文才はすでに高校3年生の段階でその兆しがあったようです。


清少納言の書いた"エッセイ"、「枕草子」

清少納言は一条天皇の后であった中宮定子に仕えたとされています。
当時、中宮定子の周囲には才媛が集まり、今で言う「サロン」のような知的な集いが持たれていたとか。

ところが中宮定子の父、藤原道隆が没するとこのサロンの勢いがなくなってしまいます。
藤原道隆の弟は藤原道長。彼が娘の彰子を入内させます。
彰子側のサロンにいたのは紫式部。時代の流れは紫式部サロンへ移っていきました。

「枕草子」はその頃書かれました。今では勢いがないけれど、かつては定子様とその周りにいた私達はこんな素敵なセンスに満ちあふれていたのです。そう言いたかったようです。

季節を巡る描写の麗しさにはたしかに才能のきらめきが見られ、かと思えば話が飛んで急に男の悪口が書かれていても下品に堕することはありません。
さくらももこ先生のエッセイでも日常生活での気付きを面白くまとめるかと思えば、祖父が死んだ話を嬉しそうに(!)書いていたりと、どことなく清少納言の面影が・・・。

作家、清水義範は「身もフタもない日本文学史」でこう書いています。
「源氏物語」は日本人の教養の土台に(みんなが気づかないうちに)なっている古典だということを言った。そういう古典を持っている私たち日本人は、誰に教わるわけでもないのに、「源氏物語」の中にいっぱい出てくる短歌のやりとりは、人と人の心をつなぐコミュニケーションだということを知っているのだ。そういう人間関係をうまく作れてこそ、知恵ある大人なんだと、無意識のうちに教えられている。そんなすごいことを教えてしまう力が、その国の教養としての古典にはあるのだ。
私達の普段の様々な振る舞いは、はっきりと意識していなくても古典によって多く規定されていること、意識しないうちに私達の血肉となり文化を形づくっていることが古典の力だと指摘しています。

さてさくらももこ先生が高校時代に書いた作文も、ご本人は意識していなかったでしょうけれども、連綿と続く日本文学におけるエッセイの語り口を踏まえたものだったのではないでしょうか。

模試で提出した作文の原文は残されていないはずですが、おそらく作文を採点した人もそういう仕事をしている以上、文芸作品には詳しかったはず。
清少納言から現代へ引き継がれてきた伝統の「こだま」を作文の中に見つけ出したとしても不思議はありません。
この推測は、考え過ぎかもしれませんが個人的にはそういうことにしておきたい気がします。
この記事をお読みの皆さんはいかがお考えでしょうか。

むすび

自伝的作品である「漫画版 ひとりずもう」には、その他にも落語家に弟子入りしようとしてチャンスを逃した話を始め、親友との交流そして別れなど、高校時代の体験が瑞々しいタッチで描かれていました。
改めて作品を読み返しましたが、青春時代の内面を清々しい情感とともに描いた「ひとりずもう」は隠れた名作でした。もっともっとたくさんの作品を発表していただければ・・・、そう思うと、早すぎるご逝去が残念でなりません。

漫画界に多大な貢献をされましたさくらももこ先生のご冥福をお祈りいたします。


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参考文献

(エッセイ版と漫画版があるようですが、私が読んだのは漫画版です)