こんにちは! ぼくは友だちいないマンだよ!\(^o^)/ 
ぼっちだよ!\(^o^)/ 
今日はぼっちだからこそ集中できる時間が持てるって言ってみるよ!

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(画像:ウィキペディア、マルクス・アウレリウスの項より)

SNSなどの登場で、人づきあいの時間は増えた反面、「自分」と向き合う時間は目減りする

今日の記事は、マルクス・アウレリウスの「自省録」の言葉について触れてみます。
マルクス・アウレリウス。世界史の授業で学びましたね。
第16代ローマ皇帝。トラヤヌスやハドリアヌスと並んで五賢帝時代と言われるローマ帝国の黄金時代を築きました。
軍人としても傑出した人物であった彼は陣中にあって様々な記録を残します。
その記録は現在は「自省録」という書物にまとめられています。

有名な本なので複数の日本語訳が出版されています。
友だちいないマンが愛読している「自省録」は岩波文庫に収録されている神谷美恵子氏が訳出したもの。
以前もこのブログで「自省録」について触れました。友だちいないマンが大切にしている本なので、これからもおそらく何度も触れることになると思います。

今日は次の言葉をご紹介したいと思います。
隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているかを覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。(他人の腹黒さに眼を注ぐのは良き人にふさわしいことではない。)目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな。
第4章18節からの引用です。
私たちの暮らす社会では、LINEやツイッターなど様々なコミュニケーションツールが開発されました。
いま電車に乗って周りを見回すと、多くの人がスマホを使っています。(ある日友だちいないマン=ぼくがJR中央線に乗って車両のなかを観察すると、10人中7人がスマホの画面を覗いていました)
彼らは、ニュースを見たりメールチェックするだけでなく、やはりLINEなどで何らかのやりとりをしているようです。それだけ私たちは対人関係に自分の時間を割くことが増えてきたというわけですね。

さらには社会的には意義が乏しいであろう、しかも自分とは関係のないことであろう出来事がYahooニュースのトップを飾り、ついつい見てしまったり・・・。
でもその結果、自分のために用いる時間は目減りしてしまいます。
そういうことをしなければ、本を読んだり英語の勉強をしたりと別のことに時間を使えていたわけですから・・・。

余計な人間関係がないからこそ、自分のすべきことに集中できる

ぼくはLINEを使っていません。
そもそもスマホではなくガラケーなのです。今も。未だに。

なぜか。


友だちがいないのでLINEをする必要もなく、またスマホでネットに繋がりたいという思いが強いわけでもないのでした。

こうしたぼくのようなぼっちな人こそ、自分の時間が持てる、という意味で何かと有利だと言いたいのです。

このブログを訪れて下さったということは、おそらくあなたも友だちが少なくてお悩みなのではないでしょうか。
しかし、どんな物事であっても、それに意味づけを与えるのはあなた次第。
ぼっち=友だちいないとネガティブに考えるのではなく、ぼっち=自分の時間が持てる。
こう考えたって構わないと思います。
ぼっちだからこそ、マルクス・アウレリウスの言うように「自分自身のなすことのみに注目」できます。そして、受験であれ何であれ「目標に向かってまっしぐらに走り」やすい環境にあるわけです。

ぼっちな人こそ、それをネガティブに捉えず、自分を成長させるための「静かな環境」に自分がいるのだと考えてみてはどうでしょうか。

関連記事:【朗報】学校やクラスでぼっちの方。あなたは受験に有利です。
関連記事:以前、「自省録」について触れてみた記事
他の方の自省録についてのレビューなど:アマゾンにてご覧いただけます。こちら→自省録 (岩波文庫)














でも案外友だちいないマンがスマホを持ってないからって僻んで我田引水な記事を書いてるだけかもしれないね!
ひねくれてるから友だちいないんだね! 人生\(^o^)/オワタ