こんにちは! ぼくは友だちいないマンだよ!\(^o^)/ 
ぼっちだよ!\(^o^)/ 
今日は修学旅行に行きたくないという気持ちを考えてみたよ!
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修学旅行。ぼっちが行きたくない、嫌だと思うのは当然

修学旅行。友だちいないマンであるぼくは行きたくなかったです。
なぜなら・・・。

1.クラスに友だちがいない

教師「はーい、好きな人とグループ作って」
友だちいないマン「 」

出発前にいきなり終了!!

クラスに友だちがいないと、えてしてこうなりがちです。
仕方ないので一応喋ったことがあるけれど、あまり仲が良い訳じゃない人がいるグループになんとか混ぜてもらうのです。その気まずさよ・・・。
そして出発の日まで、「ああいやだな、気まずいな」という気分を引きずってしまうのでした。
出発したらしたで、グループの中に溶け込めないので「早く帰りたいな~」と思ってしまうのです。


2.好きで行くわけじゃない
修学旅行の意義とは何でしょうか。
高等学校学習指導要領(文部省告示第58号 平成11年3月29日)によると
平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積むことができるような活動を行うこと。
とあります。
しかし! 人は自分が興味ないことに対して熱心であることはできないのです。
行きたくもないところに出かけて行って「見聞を広め」たり、「自然や文化に親しむ」ことはなかなか難しいのが実情です。
しかもぼっちな人はいつも当然一人で過ごしており、そのキャラは修学旅行中も変わらないので「集団生活の在り方」なんて考えるもなにもないのでした。


3.他にやりたいことがあった

そもそもぼっちな人(友だちいないマン=ぼく)は他にやりたいことがあったりするので、人付き合いを避けているという面があります。
友だちいないマン=ぼくなら高校時代は文学全集を読みまくることだったり、いまの自分ならフルマラソン完走を目指してジョギングしたりヴァイオリンの練習をしたりすることです。
日々目指している何かがある人にとって、行きたい訳でもない旅行は、貴重な時間を削られることになるのでダメージ以外の何物でもないのでした。

では充実した旅とはどんなものなのか

充実した旅行の前提は何でしょうか?

1.自ら行きたいという気持ちがある
大学3年のとき、友だちいないマンは初めてオーストリアを訪れました。
そしてかねてより一目見たいと願っていたウィーン楽友協会大ホールやロマン派の作曲家ブルックナーゆかりの大聖堂、モーツァルト生誕の地(でもあり、そのモーツァルトがじつはこの街を抜け出したいと願っていた)ザルツブルグを巡りました。一日一日が発見の連続でした。
初めてドイツ語を使ってみてしかもそれが本当に通じたときの驚きや、お店の人が日本ではありえないほど無愛想だ(しかもそれが当たり前)というカルチャーショックは今も忘れがたいです。

このように、自ら行きたいという気持ちがあると、どんな旅であれ学びや発見の連続なのです。


2.自分で計画している
自ら行きたいという気持ちがあれば、自分で「まずここに行って、その次は」のように計画を立てることができます。
ツアー旅行の場合は「誰かが組み立てたプラン」に従って行動することになるので、どうしても「どうせ黙っていてもガイドさんが次に案内してくれるからいいや」という気持ちに傾きがちなのです。
しかし自分で計画する=完全にマイ好み仕様なので、出発前から自然と気合が入るのでした。

このように、「誰かから言われて何かする」ではなく、「自分がやりたいからする」こそが、旅行に限らず充実感の前提になるものです。


ちなみに友だちいないマンはハンガリーからノルウェーまで、ヨーロッパは色んな国を旅したよ!
でもいつもぼっちだったから必ず一人旅だったよ!
コミュ力ないから、一緒に行く友だちがいないんだね! 人生\(^o^)/オワタ