こんにちは! このブログの管理人は友だちいないよ!\(^o^)/ 
ぼっちだよ!\(^o^)/ 
今日はぼっちな管理人が「宮澤佐江、7月末で芸能活動を一時休止」というニュースについて考えてみたことを書くよ!

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ニュース「宮澤佐江、7月末で芸能活動を一時休止」に思う
先日、ミュージカル「アメリ」を見た感想についての記事を書きましたが、ミュージカルでは、渡辺麻友と同じAKB48の卒業生である宮澤佐江も数々の舞台を経験していることは知っていました。
正直、彼女について多くを知っているわけではありませんが、これまで多くの舞台を経験しているはずの彼女の「一時休止」という決断については「まさか」と思い、次いで「やはり」という言葉が頭をよぎりました。

何かを表現することは、自分のストックを吐き出すこと

ぼっち(管理人)は日々ヴァイオリンを練習し、アマチュアではありますがたまに人前で演奏を披露することがあります。
ブログも下手くそな文章ではありますが毎日なんとか記事を作成しています。
こうしたアウトプットを行っていると、自分の中の「ネタ」とでも言うのか、それとも「HP」とか「MP」とでも言うのか、何かが少しずつ減っていくことを実感します。
どうやら何かを表現することは、自分のストックを吐き出していくことと引き換えらしいのです。


「一時休止」は「充電期間」? また舞い戻って来てほしい

このニュースを受けて、思い出すのは二人の演奏家のことでした。

ある国際コンクールで優勝したヴァイオリニストがいました。
彼女はその後様々なオーケストラと共演する機会を得ましたが、ぼっちが上に記したのと同じようなことを感じていたらしく、なんと一時演奏活動を中断。そしてニューヨークへ留学し研鑽を積むことを決断しました。
理由は、「人前で弾くという行為が実は身を削るという行為ではないか」と疑問を抱き始めたことにあったそうです。
教養を充実させ、曲を解釈して聴衆に納得のゆく形で伝達できる精神的な咀嚼力を身につけるため、ステージから退き、数年の研鑽の日々を送ることを選びました。

彼女はニューヨークでの学業を全うした後に演奏活動を再開し、今でも日本を代表するヴァイオリニストとして活躍を続けています。


あるアメリカのピアニストは、冷戦のさなかにソ連のコンクールで優勝し、その後大スターとなりました。何しろ事実上の敵国であったソ連が国家の威信を賭けて開催したコンクールでアメリカ人が優勝するわけですから、その価値は計り知れないものがありました。
彼の出身地テキサス州では、彼の名前を冠したピアノコンクールも誕生しました。

ところが皮肉なことに、彼が有名になればなるほど、彼の得意曲であるチャイコフスキーのピアノ協奏曲ばかりが求められるようになり、それ以外のことを吸収する時間がなくなっていきました。
やがて神経衰弱に陥り、マンハッタンの自宅に終日閉じこもるようになり、健康問題を理由に長らく公の場での演奏を行うことができない状態となってしまったのです。

「充電期間」の大切さ

この2人のエピソードから読み取れるのは、いわゆる「充電期間」というものがいかに表現者にとって大切かということです。

宮澤佐江の一時活動休止というのは、この文脈から言えば「充電期間」が必要だと判断してからではないかと思います。(もちろん人の心を読み取ることはできません。ぼっちなりの推測です)

このニュースはYahooで知りました。コメント欄が(Yahooではいつものことながら)大変荒れていました。なぜインターネットの世界では、将来ある若者の行く手を「何々が下手くそ」「才能がない」などの言葉で妨害したがる傾向があるのか分かりません。

ぼっち(管理人)なりに、日々社会の片隅でこうして文章を晒している(読者はほとんどいないが)「一表現者」として、充電期間ののちにまた舞台に戻ってきてお客さんを魅了してほしいと思いました。