こんにちは! このブログの管理人は友だちいないよ!\(^o^)/ 
ぼっちだよ!\(^o^)/ 
今日はぼっちな管理人が古典文学の返し歌に絶望した話をするよ!

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(画像:源氏物語の一場面。ウィキペディアより)

返し歌とは?

高校の古文の授業で「源氏物語」「伊勢物語」などを勉強したときに出てきたアレです。
例えば光源氏が女性に短歌を贈って、その返しに女性が光源氏にまた短歌で答える、という雅やかなもの。
その当時は、歌のうまい人はそれだけで異性を惹きつける魅力があり、31文字をうまくひねり出す(ひどい書き方)だけで一晩を知らない女性と共にすることもできたようなのです。

信じられない世界・・・。しかし在原業平や和泉式部は名高き歌人。
ビジュアル系ロックバンドがモテる現代と歌人がモテる平安時代は、心理的にはそう遠くないのかもしれません。

しかし31文字といえば、ツイッターの文字上限よりはるかに短いです。言葉の力は計り知れないですね。


奥深き返し歌の世界

例えば源氏物語ではこんな短歌があります。

いぶせくも 心にものを なやむかな  やよやいかにと 問ふ人もなみ
(心の中で悩んでいます。自分のことを気にかけて訪れる人もいないので)

これは光源氏が明石の入道の娘、明石の君に送った短歌でした。
しかし明石の君は身分の違いを意識して返事を出すことができませんでした。されど恋の手練光源氏。度重なる手紙に、次第に気持ちは傾いてゆくのでした。とうとうこのような返し歌を送ります。

思ふらむ 心の程ほどや やよいかに  まだ見む人の 聞きかなやまむ
(私のことを思ってくださるそうですが、どうでしょう。まだ会ったことのない方が噂だけで悩むのでしょうか)

こういうやり取りを経て明石の君は光源氏の側室となり、女の子を産みます。

・・・今、ぼっちは側室と書きました。そう、光源氏は沢山の女性に声をかけて、次々と自分のものにしてしまうのです(この辺りは高校の授業の復習なので繰り返す必要はないでしょうね)。


ぼっち、記事を書きながらとうとう絶望

ぼっちは思いました。
ただでさえ人とうまくしゃべれないのに、人付き合いを避けまくってるのに、歌に対して歌で答えるなんて無理! 絶対!!
やっぱりどの時代に生まれてもコミュ障はコミュ障なんだね! 人生\(^o^)/オワタ