たまにパニクってる人が「自分でも何を言っているかわからない」状態になっていることがあります。

俗に言うポルナレフ状態ってやつですね。

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これだけ見ていると何がなんだか本当にわかりませんね。

『ジョジョの奇妙な冒険 第3部』のラスボスであるディオが特殊能力で時間を止めて、階段を登っていたはずのポルナレフを下ろしたというのが実際のところです。

ただこのコマの時点ではディオの特殊能力の正体が明らかになっていないので、こういう謎表現になっているわけです。

でも現実世界でも「何を言っているかわからない」状態になってしまうことがありますね。。。

「何を言っているかわからない」状態の対応その1

「何を言っているかわからない」状態に陥る理由の一つが、「自分でも何を伝えるかを決めずに喋り始めた」。
ブログで言えば、記事タイトルを決めないで勝手に文章を書き始めてしまったようなものです。
ブログ記事は記事で伝えたいことの「背骨」にあたります。

自分が伝えたいこと=メッセージは何かを喋る前に決めておけば、ゴール地点が決まったも同然ですから、あとはそこに向けて喋りだすだけです。

「何を言っているかわからない」状態の対応その2

もう一つの理由が、「そもそも状況を自分で把握できていない」。
「なぜ社員食堂のカレーは高くてまずいのか?」というテーマで喋っているはずなのに、

・東京本社の社員食堂の話なのか
・宇都宮支社の社員食堂の話なのか

をごっちゃにして喋っていたり、カツカレーとシーフードカレーとチキンカレーのうち、「高くてまずい」のはカツカレーなのにシーフードカレーをdisっていたり、そもそもこのネタ自体が自分で体験したことではなくて、人から聞いた話を自分の話のように喋ってしまっているときに起こりがちです。

こうなると「なぜ社員食堂のカレーは高くてまずいのか?」というテーマで喋っているのなら「その理由は・・・だ」に着地しなくてはならないのに、話を聞いてくれている同僚からツッコミが入るととたんに視線が泳いだり、トピックがちょっとずつずれて行ったり・・・。

人に喋る前に、自分できちんと調べるべきですよね・・・。

「何を言っているかわからない」状態の対応その3

話が飛んでしまうのも「何を言っているかわからない」になりがちです。
これはボケた爺さんと喋ってみるとよくわかります。

「うちの孫が大学に合格した」という話から始まったのに、自宅そばの国道工事がいつまでも終わらないという話になり、(何年も昔の)自分が集団就職したときの会社の話になり・・・。

このように、スタート地点からゴール地点が不明なままに勝手にしゃべると、相手にしてみれば「早く終わってくれ」以外の何ものでもありません。

結局のところ、論理が大事

「何を言っているかわからない」状態というのは、要するに論理が欠けてしまっているからそうなってしまうわけです。

論理とは何か。これは物事の法則的なつながりですが、「トーク」をするときに求められている論理とは、「自分が知っているが、相手はまだ知らない」という情報量の格差を前提として、それでも相手に自分のメッセージを確実に届けるための「理解の架け橋」といえるでしょう。

例えば「シンガポールに雪が降った」という事実があったとします。
私たちはシンガポールが赤道直下にあるということを知っていますから、とても珍しいことだと驚くはずです。
でもシンガポールの位置を知らない人にとっては、「何を言ってるんだ?」になってしまいますよね。

情報量の格差を前提とすると、「赤道直下にあり、1年を通じて毎日が夏日のシンガポールで、雪が降った」というふうに伝えないといけません・・・。

まさにこれこそが池上彰さんの言う「伝える」と「伝わる」の違いなのです・・・。

で、この「伝える」と「伝わる」を混同してしまい、「伝えたのに伝わっていなかった」(結果、誤解が広まった)ということがかなり起こりがちなのです・・・。

詳しくはまんがで学習してみるのも手ですね。何しろ日本の社会人は1日の平均勉強時間が6分ですから、ちょっと勉強するだけでけっこう優秀なヤツになれるわけですから。