ヴァイオリン演奏の特徴の一つに、同じ音を違う弦を使って出すことができるというものがあります。

A(ラ)の音はA弦の開放弦を使ってもいいですし、D弦を4の指で押さえても同じ音の高さになります。
開放弦ならあっけらかんとした雰囲気の音になりますし、D弦ならもうちょっと詰まった感じの音になってきます。

こういう音のパレットを使い分けることが、名演奏家の条件ですね。

深い音色を出そうとするならSul G(スル・ゲー)、つまりG線を使うのがよいでしょう。

一番太い弦を使うわけですからパワー感も出ますし、男性的なブラームスっぽい感じになります。

ではSul Gで弾くときの注意点とは・・・。

sul G


ヴァイオリンの演奏、Sul Gで弾くときの注意点

これは実際に私が先生からレッスンを受けていて言われたことです。
G線を使ううえで注意すべきは、もっとも右側の弦だということです。

弓を弦に当てるときの角度が浅いと、D線をこすってしまい雑音が出てしまいます。

もっとも右側の弦である以上、弓の角度はある程度深くしても構いません。

肘を上げてある程度角度を踏み込むようにすべきなのです。

また、弓はしっかりと吸い付けるのが大切。

Sul Gだということは、深みのある沈み込むような(哲学的な)音色を求めていることになります。
ということは弓もしっかりと弦に当て、深々と音を鳴らさなくては魅力が半減してしまいます。

以上がSul Gで演奏するときの注意点になります。

安易に移弦すると魅力ガタ落ち

これは音楽プロデューサー、中野雄(たけし)さんが著作『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』に書かれているお話です。

あるヴァイオリニストから「さっきのN響アワーを見たか」と電話がかかってきました。
このヴァイオリニスト氏、ある一流といわれるヴァイオリニストが演奏するベートーヴェンの『ヴァイオリン協奏曲』のフィンガリングに非常に腹を立てているようなのです。

concerto
問題の箇所がこちら。

氏がレッスンを受けたヨーロッパの演奏家たちはみんな、G線一本で弾くよう弟子に指導していました。

ところがTVに登場した一流といわれるアメリカのヴァイオリニストは、この箇所をG線とD線の2つを使い、さらには開放弦まで使用していました。これだとミスなく安全に演奏できる反面、一つのフレーズで音色が統一できなくなってしまうのです。

「さらわなくっても完璧に弾けるんだよ。ファースト・ポジションならね。誰にでも」。

くだんのヴァイオリニスト氏はさらに続けます。

良く弾けてましたよ。曲のスミズミまでね。目立つようなミスはない。(中略)その上、音楽上の要求を無視して安全第一の指使いをすれば、破綻の生ずるおそれは一切ないな。
だから音符は、すべて完璧に音になってた。ただし無機質な、何にも語らない音だった。
整然と、綺麗に弾けているんだから、お客様は安心して、感心しながら聴いていられたんじゃないかな。結構拍手も多かったようだし。でも、家に着く頃には全部忘れてしまう。ベートーヴェンの音楽の、どの部分も記憶に残らない。

(中略)

いまのアメリカって、あれで通るんだね。あのやり方がマニュアル化されて、合理的で進歩的な新しい奏法として教育界で公認されてしまっている。子供に小さいうちから仕込めば、促成栽培みたいに早く上手くなる。コンクールにも通りやすい。そうすりゃ金になるってわけだ。
このことからは、安全重視で移弦をしてしまうと音楽の肝心な部分がごっそりと抜け落ちてしまい、ただの音の羅列になってしまうことがうかがわれます。

こういう音を出さないためにSul Gなどの工夫が必要になり、それで音を外さないために必死の覚悟で練習をしなければならない、そうやって初めて出せる音色があるわけです。

音色の魅力というのはヴァイオリン演奏のまさに要の部分ですから、何も語らない音というのはたとえ音程が正確であっても致命傷になってしまいます。

そういう意味でも、たとえ技術的に難しくても Sul G(DでもAでも)で演奏するというのは非常に意味があることですね。


*以上のエピソードはこちらの本に掲載されています。
音楽プロデューサーならではのアーティストとの交流から浮かび上がる様々なエピソードは必見です。