普通、ワーグナーの作品は数十人がかりで演奏しますよね。

『トリスタンとイゾルデ』の「前奏曲と愛の死」、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の「第1幕への前奏曲」、『ワルキューレ』の「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」・・・。

ところが世の中にはヴァイオリンとピアノ用にワーグナーのオーケストラ作品を編曲などという荒業をやらかしてしまう作曲家がいます。
ふつうそんなこと思いつきませんよ・・・。

wagner


佐藤久成さんのライフワーク、知られざる名曲発掘の旅

あまり知られていませんが佐藤久成さんというヴァイオリニストがいます。
年に何回か東京都内でもリサイタルを開いていますのでぜひ注目すべき方ですが、すでにアルバムを何枚かリリースしています。

その中でも特筆すべきが、ヴァイオリン+ピアノという組み合わせでワーグナーの世界を表現してしまったアルバムです。

これはワーグナーのオーケストラ作品を19世紀~20世紀初頭の作曲家たちがヴァイオリン一挺で弾けるようにうまく編曲したもの。
どうやら当時はレコードもCDもなく、となると自分たちで演奏して観賞するというスタイルが主流であり、結果的にこういう編曲版に需要があったようなのです。しかしレコードが普及するにつれてそういう編曲版は顧みられることがなくなり、歴史の波間に忘れ去られようとしていました・・・。

たしかにこういう編曲版を作ったオンドジーチェクとかジットとかマイヤーなんて名前は絶対に聞いたことがないですよね・・・。

ところが21世紀になり、佐藤久成さんが楽壇に登場します。
彼のライフワークは「知られざる名曲を掘り起こすこと」。

ヨーロッパの古本屋などをめぐり、絶版となってしまった楽譜を発見し自分の手で蘇演するというユニークな活動は日経新聞でも取り上げられたことがありました。

その佐藤久成さんが、ワーグナー作品の編曲版に巡り合うのは必然でした。

佐藤久成さんの恐るべき才能、たった一挺のヴァイオリンでワーグナーの世界を表現

『ニーベルングの指輪』というアルバムでは、『さまよえるオランダ人』の「序曲」、『ローエングリン』の「前奏曲」、『ラインの黄金』より「ラインの乙女たち」、『神々の黄昏』より「葬送行進曲」など、彼のヴァイオリン一挺でロマン派の世界を存分に堪能できます。

このアルバムに収められているのはほとんどが世界初録音!

そして演奏もワーグナーの頭の中を映し出したかのような濃厚な味わい。
とくに『ローエングリン』の「前奏曲」など、静謐感あふれる出だしから、クライマックスのフォルテシモまで、ヴァイオリン一挺でよくもここまでというほどの表現に達しています。

じつは佐藤久成さんのリサイタルに足を運んでみるとよくわかるのですが、一つ一つの作品を深く深く、かつ個性的に表現するという、20世紀初頭の大家を思わせるようなスタイルなのです。
だからこそワーグナーはうってつけの作曲家だったのでしょう、「なんで誰も教えてくれなかったんだ!」と街ゆく人を手当り次第につるし上げたくなってしまうほどの個性的な名盤になっています!

残念ながらクラシックのCDはわりと簡単に廃盤になってしまいます。
ヴァイオリンを弾くひとはすぐにでもポチっておかないと、あとで後悔しますよ・・・。