腐ったら負け。

要するに、何かをするときは、ネガティブになったらいけませんよ、ということを指しています。

武田信玄も似たような言葉を言っています。
「一生懸命だと知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だと言い訳が出る」。

確かに自分が何か仕事や勉強に向かっている時に、好きになれない場合や、自発的にやっているわけではなく、他人の都合で自分がそれをやらなければならなくなった時、どうしてもこういう気持ちになりがちですね・・・。

でもこの言葉を2,000年も前に言った人がいました・・・。それは・・・。

rome


腐ったら負け、ローマ人も言っていた

ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(121 - 180)。
世界史の授業で出てきた人物です。五賢帝の一人でローマ帝国が最も繁栄した時代にあたります。

彼が異民族との紛争に明け暮れ、陣中で書き留めた個人的なノートが『自省録』。
そこにはこう書かれています。

「何かをするとき、いやいやながらするな」。

「至る時にかたく決心せよ。ローマ人として男性として、自分が現在手に引受けていることを、几帳面な飾り気のない威厳をもって、愛情をもって、独立と正義をもって果たそうと」。

「隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているかを覗き見ず自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。目標に向かってまっしぐらに走り、わき見するな」。

マルクス・アウレリウスはストア派の哲学(ストイックの語源になった)に傾倒しており、本当は哲学者になりたかったのですが、ローマ皇帝として異民族との紛争、疫病の蔓延や異教の流行など様々な問題に対処しなければならず、その人生は思うままに行かないものだったようです。

その忙しい日常のなか、わずかな時間を得て書き留めたのがこの『自省録』です。

これらの言葉は、およそ2000年も前に「腐ったら負け」を先取りしているかのようです。

周りが何を言おうとも、自分は自分を貫き、常に自分の責任を果たすことの重要性を説いているこの本は、ある意味メンタルをいかに安定させるかの指南書でもあります。

「なんらかの意味において美しいものはすべてそれ自身において美しく、自分自身に終始し、称賛を自己の一部とは考えないものだ。実際人言は賞められてもそれによって悪くも善くもならない。(中略)エメラルドは賞められなければ質が落ちるか」。

この言葉からは、エメラルドは賞められても、無視されていてもその輝きはいつも同じであることを説いています。ということは自分がやっていることが他の人から何と言われようとも、腐らずに淡々とやり続ける人が一番気高いということになりますね。


腐りそうになったらひもときたい、『自省録』

じつはこのブログでは何回も『自省録』の言葉を引用しています。
古い本なのにまったく色褪せないのは、いつの時代の人にも大切なことをわかりやすい言葉で書き記しているからです。

腐ったら負け、でも腐りそうだ・・・。
そんなときにはぜひ『自省録』をひもといてください!