夏の軽井沢というと完全に避暑のイメージがありますね。

私が最後に軽井沢を訪れたのは数年前。いつものように一人ぼっちでの旅でしたが、軽井沢で特にすることもなく、アウトレットに出たり入ったり旧軽井沢~中軽井沢あたりをウロウロしたりと文字通り何もしないで2日が経過し、そのまま東京に戻りました・・・。

テニス合宿とか、小説執筆とか、そこでやるべきことがあって初めて避暑地に滞在する意味があるんだと帰り道に悟りました(行く前に気づけよ!)。

さて私はいま、芸能界引退を発表した渡辺麻友さんのコンテンツを一つ一つ見返しています。

気になったのが『AKB48 旅少女』。2015年夏に放送された第12回(最終回)には渡辺麻友さんと柏木由紀さんが軽井沢を訪れ、食事などを共にしながらいろいろな言葉を交わしています。
AKB歴約9年。3期生として初期から支え、青春のほとんどをAKBに捧げてきた渡辺麻友・柏木由紀が2人きりで軽井沢へ。選抜総選挙で2連覇を目指した渡辺と、今年は1位を狙うと宣言した柏木。選挙が終わった現在の心境とは? AKBを卒業するタイミングやアイドルとして辛かったことが起きた時に対する心構えなど旅に出たからこそ語る本音をお届け。

(https://tv.rakuten.co.jp/content/138043/より)
改めてこの回を見ていると、その後の渡辺麻友さんにつながる言葉が見え隠れし、非常に興味深いものがありました。

karuizawa

渡辺麻友さんの言葉がその後を予見しているようでもあった

柏木由紀さんと二人でこれまでの活動を振り返りながら「背負うタイプで、砕けることを忘れていた」と述懐しています。

この言葉から伝わってくるのは、彼女のアイドル、女優としての持ち味――美質といってもいい――であり、こういうパーソナリティだったからこそ後年ヤクルトのCMなり、『なつぞら』なりに抜擢されたと見ることはけっして間違いではないでしょう。

その一方で彼女は2020年6月に潔い決断をすることになりました。これも彼女らしさの一つの現れといえるでしょう。
性格がもととなって様々な出来事を生んでいくというのはシェイクスピアを彷彿とさせるようで、今見ると当時とはまた違った感慨をもつことができました。

『AKB48 旅少女』からは離れますが、渡辺麻友さんの引退を受けての様々な報道や芸能人のコメントのほとんどが彼女を讃えていたことは特筆すべきでしょう。「したことは返ってくる」という言葉の正しさは、彼女の足跡をもって証明されたと言ってよいでしょう。

伝統を伝えることの難しさ

二人は「初期のAKBを知らないメンバーが増えてきている」ことについて触れ、自分たちの存在が若手の障害になっているのではないか、後輩が自分たちを打ち破ってほしいといった感想を漏らしています。
この言葉は5年経過した今も同じことが当てはまるでしょう。

AKBというグループはまだ始まってから15年ほどしか経過していませんから、「伝統」というにはまだ日が浅いですが、立ち上げ当初とはやはり雰囲気が違うものになるつつあることは誰もが気づいているはずです。

数学者・岡潔は次のような文章を残しています。
「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける」という歌があるが、くにの歴史の緒が切れると、それにつらぬかれて輝いていたこういった宝玉がばらばらに散りうせてしまうだろう、それが何としても惜しい。他の何物にかえても切らせてはならないのである。そこの人々が、ともになつかしむことのできる共通のいにしえを持つという強い心のつながりによって、互いに結ばれているくには、しあわせだと思いませんか。ましてかような美しい歴史を持つくにに生まれたことを、うれしいとは思いませんか。歴史が美しいとはこういう意味なのである。

『春宵十話』収録「日本的情緒」より)

柏木由紀さんは渡辺麻友さんの盟友として、AKBらしさを守り伝えてゆくという役割があります。
グループをつなぎとめていた緒である「らしさ」「イズム」が失われれば、それは形は整っていても残骸であり、肝心な「何か」がばらばらに散りうせてしまうでしょう。

その意味で、柏木由紀さんの残された活動期間において、後輩に範をどれだけ示すことができるのでしょうか。渡辺麻友さんの姿から何が読み取れるか、ぜひとも多くを伝えていって頂きたいと思います。

私は文化の灯を守りたい

渡辺麻友さんは観劇が好きだということは広く知られていますが、一方で2020年には劇団四季を始めとして多くの劇団、オーケストラなどが存続の危機に瀕しています。

劇団もオーケストラも人が集まれば即公演ができるかというとそうではなく、その団体が結成から現在に至るまでの活動の積み重ねから生まれてきたカラーというものがあり、解散すれば最もコアなものが消滅してしまうわけですから、「歴史の緒が切れ」たも同然であり、再結成は絶望的です。

「歴史の緒」は先人から託されたものであり、私たちはそれを次世代へ手渡す責任があります。
そんなことは起こりうるはずもないですが、もし万が一宝塚や帝劇が無くなってしまったら、渡辺麻友さんの憩いと憧れの場が消滅することになってしまいます。

クラウドファンディングに出資する、物販を買う、次の公演のチケットを予約する、支援の声をブログやSNSに投稿する・・・、私たちにできることはたくさんあります。
令和になって戦後日本が積み上げてきた文化が一気に荒廃したと言われないよう、自分もできることを少しずつ実行していきたいと思います。

おわりに

ややとりとめもない雑感になってしまいましたが、やはり5年という歳月は短いようでたくさんのことが起こっています。
『AKB48 旅少女』を2020年になって改めて見返すと、いろいろな思いが胸をよぎりました。

渡辺麻友さんは芸能界を引退し普通の市民に戻られましたが、私は彼女が残してくれたコンテンツを振り返りつつ、今後の生活が充実したものであることを陰ながらお祈りしたいと思います。