お正月の特番でたまにやっているストラディヴァリウスの聴き比べ。
世界最高峰のヴァイオリンといえばアントニオ・ストラディヴァリが製作したストラディヴァリウスと、バルトロメオ・ジュゼッペ・“デル・ジェズ”・アントニオ・グァルネリが製作したグァルネリ。

ロンドンやニューヨークのオークションでは数億円~10億を超える価格で落札されることもあります。
平均的日本人サラリーマンの生涯賃金が3億円に届かないくらいですから、人生3回分働いてようやくストラディヴァリウスを買えます(!)。

さぞかし素晴らしい音色なのだろうと思いきや・・・。

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ストラディヴァリウスの音色のブラインドテストの結果

ヴァイオリンの音色を聴き比べる番組のポイントは芸能人が果たして銘器と呼ばれるヴァイオリンの音色と、量産楽器の音色を区別できるのか? という点にあります。
で、大体区別できなくて「お前センス悪いな!」的なところで幕。

ところがプロのヴァイオリニストでも普通にブラインドテストで間違えるのです。

私の手元には音楽プロデューサー・中野雄さんの著作『ストラディヴァリとグァルネリ』があります。
これによると、音楽家や有識者がヴァイオリンを聴き比べる催しは過去数多く行われてきました。
私の記憶に残っている有名な試みは、いまから数十年前、(中略)本邦ヴァイオリン界の巨匠・江藤俊哉をはじめとする何人かの音楽関係者を集めて催された弾き比べと聴き比べの会。
江藤は生前、名教師として数多くの弟子を育てたことで有名であるが、ヴァイオリンについて、並外れた鑑定眼の持ち主であることでも有名であった。自身、複数の銘器の所有者でもあった人である。

(中略)

弾き比べと聴き比べの会に少なくとも龍角散(引用者注:会社の資産としてストラディヴァリウスを持っていたようです)所有のストラディヴァリウス《サンライズ》が出品されていたことだけは、当時の藤井社長から私自身が伺っているから間違いはない。

だが、当日出品された何挺かのさまざまな楽器を複数回、何人かの奏者が弾き比べ、それを何人かのその道の権威者がホール二階の正面席で聞いて、楽器の作者の名前を当てるという試みは惨憺たる結果に終わった。
統計学上、有意差を検出できた人物が誰一人として現れなかったのである。
ヴァイオリニスト・江藤俊哉さんは千住真理子さん、諏訪内晶子さん、矢部達哉さん、川畠成道さんといった楽壇の第一線で活躍しているプロ奏者の師匠でもあり、自身も内外で広く演奏活動を展開していました。1990年代末には桐朋学園大学の学長も務められたほどで、戦後日本の音楽教育界に計り知れない業績を残しています。

その江藤さんすら、ストラディヴァリウスの音色を聴き当てることができませんでした。

ということはTV番組で、ざわついた収録スタジオでヴァイオリンの聴き比べをしたところでどれほどの意味があるのでしょうか。

しかも不思議なことに、こういうブラインドテストはやればやるほど「ストラディヴァリウスの音色だからといってとりたてて素晴らしいわけではない」という結果しか出てこないのに、取引価格は年々上昇の一途をたどっているのです・・・。

銘器だからいい音色を出せて、コンクールでよい結果を残すこともある?

このストラディヴァリウスの聴き比べの会と矛盾する意見もあります。
『音楽の友』2020年5月号74ページには音楽評論家であり、ヴァイオリニストに関する著作も発表している渡辺和彦さんの文章が掲載されています。それによると渡辺さんはある若手ヴァイオリニストの演奏を聴いてみた感想として・・・。

彼女がまだ19歳だったころ、「ロシアの最有力優勝候補」として1993年6月、エリーザベト・コンクールに出場した際の演奏を現地で耳にしている。予選字から素晴らしい演奏を聴かせていたが、楽器は正直言ってひどかった。

(中略)

E線が響かず、G線は箱鳴りまで聞こえて悲惨。結果は第5位。超大国「ソ連」の崩壊直後だったので、旧ソ連圏からの出場者は、それまでのような国家貸与の楽器を持参できず、全員が自前のヴァイオリンで演奏していた。主演後、ある審査員が「あんな楽器でコンクールに出てくるなんて信じられない」ともらしていた。ヴァイオリニストと楽器の相関関係について、あのときほど思いを巡らせたことはなかった。
この文章からは、もっとよい楽器があればコンクールでももっとよい成績を収めることができたはずだという「もう一つの未来」が予感されます。
諏訪内晶子さんもチャイコフスキー・コンクールで一位を受賞した理由として、グァダニーニからストラディヴァリウスへ持ち替えたことを著書『ヴァイオリンと翔る』で挙げています。

しかしこのことは「一流演奏家ですらストラディヴァリウスの聴き比べに失敗した」という事実と矛盾するものです。

一体どっちが正しいのか・・・。

おわりに

この問題は調べれば調べるほどわけがわからなくなり、混乱してきます。
そもそも音楽は人の心と密接にかかわるものであり、機械で測ったりすることができませんし、「誰が」「どのような状態で」という前提条件も統一できません。

私はこれからもヴァイオリンを(アマチュアとして)弾くかたわら、この手の情報を集めていきたいと思います・・・。