戦前の海軍兵学校では「海軍五省」という自らを省みる言葉があり、幹部候補生たちは日々唱えることを日課としていました。

一 至誠に悖(もと)るなかりしか
〔誠実さや真心、人の道に背くところはなかったか〕

二 言行に恥づるなかりしか
〔発言や行動に、過ちや反省するところはなかったか〕

三 気力に欠くるなかりしか
〔物事を成し遂げようとする精神力は、十分であったか〕

四 努力に憾(うら)みなかりしか
〔目的を達成するために、惜しみなく努力したか〕

五 不精に亘(わた)るなかりしか
〔怠けたり、面倒くさがったりしたことはなかったか〕
(https://www.mod.go.jp/msdf/mocs/mocs/tradition/gosei/index.htmlより)

これは海上自衛隊幹部候補生学校でも伝えられており、毎晩の自習時間が終わるときにその日の反省を胸にしつつ唱和しているものです。

改めて海軍五省を読んでみて、私が折に触れてページを開くマルクス・アウレリウスの『自省録』に書かれている言葉と共通するものがあり深い感動を覚えました。

海軍五省も『自省録』も、ともにストイックで、ややもすれば楽な方向に流されてしまいそうな自分を奮い立たせるという素晴らしいものです。

DSCN2616


海軍五省とマルクス・アウレリウス『自省録』

マルクス・アウレリウス(121-180)。彼はローマ皇帝(五賢帝の一人)であり哲学者でもありました。疫病や新興宗教の蔓延、異民族の侵入といった帝国を揺るがす難関に対処するさなか、僅かな孤独の時間をぬって書かれたものが『自省録』とされています。

この本はまさに自分を律しようとするマルクス・アウレリウス個人の言葉であり、同じようなことが繰り返し書かれていることから、ローマ皇帝といえども聖人君子ではなく、私達と同じように誘惑に負けてしまうこともあっただろうと推測されます。

その彼の言葉とは・・・。いくつか取り上げてみましょう。
至る時にかたく決心せよ。ローマ人として男性として、自分が現在手に引受けていることを、几帳面な飾り気のない威厳をもって、愛情をもって、独立と正義をもって果そうと。
また他のあらゆる思念から離れて自分に休息を与えようと。その休息を与えるには、一つ一つの行動を一生の最後のもののごとくおこない、あらゆるでたらめや、理性の命ずることにたいする不満を捨て去ればよい。
この雄々しくもストイックな決意はどうでしょう。
哲人皇帝と呼ばれたマルクス・アウレリウスは「ストイック」の語源ともなったストア派哲学に傾倒しており、彼が職責を果たすうえでの基盤となったと伝えられています。

ただし「至る時いかたく決心せよ」と自分に語りかけるのは、つまり威厳や愛情がときには欠けていたからこその反省の弁であることに注意すべきです。

「至誠に悖(もと)るなかりしか」は自分が誠実であったかどうかを自分に問いかけるというもの。
日々こういう質問を自分に投げかけなくては、国民から信頼される軍人になれませんからね・・・。

何かするときいやいやながらするな、利己的な気持からするな、無遠慮にするな、心にさからってするな。君の考えを美辞麗句で飾り立てるな。余計な言葉やおこないをつつしめ。
この言葉は「言行に恥づるなかりしか」に通じますね。
「いやいやながらするな」とは面白いです。
アメリカの大統領の回顧録などを読むと、テロの鎮圧や自然災害への対応、スキャンダルの釈明など、できればやりたくない「クソ仕事」がかなりの部分を占めていることがわかります。
おそらくローマ皇帝もそうだったはず。だからこそ内心舌打ちしながら、この言葉を書き留めたのでしょう。ずいぶん人間的ですね・・・。

誰がなにをしようと、なにをいおうと、私は善くあらねばならない。それはあたかも金かエメラルドか紫貝が口癖のようにこういっていたとするのと同じことだ。
「誰がなにをしようといおうと、私はエメラルドでなくてはならない。私の色を保っていなくてはならない」と。

海軍五省では「気力に欠くるなかりしか」とありますが、批判にさらされても、困難に直面しても、やり抜くべきことは必ず達成する。そういう気概があってはじめて戦争に勝ち、国民に平和をもたらすことができたことが伺われます。

隣人がなにをいい、なにをおこない、なにを考えているか覗き見ず、自分自身のなすことのみに注目し、それが正しく、敬虔であるように慮る者は、なんと多くの余暇を獲ることであろう。目標に向ってまっしぐらに走り、わき見するな。
「努力に憾(うら)みなかりしか」に通じますね。
職位が高くなればなるほど、会ったこともない人からああでもないこうでもないと言われがちです。
そんなことには一切気をとめることなく、自分のやることに集中し、惜しみなく力を注げと言っているようではありませんか。

お前がこんな目に遭うのは当然だ。今日善くなるよりも、明日善くなろうとしているからだ。
夏休み最終日ののび太くんは宿題が終わらずジタバタしています。
「明日やろうはばかやろう」という言葉がありますが、やるべきことを先延ばしにする人にろくな未来はないことを言っています。
不精に亘(わた)るなかりしか」に通じる精神です。

おわりに

私の手元にあるのは岩波文庫、神谷美恵子訳の『自省録』です。上記の引用もこちらから行わせていただきました。

皇帝つまり戦争指導者でもあり、哲学者でもあったマルクス・アウレリウスの言葉は20世紀の日本海軍が掲げた心構えとも十分響き合うものがあると、この記事を書きながら感じました。

私も一市民として、日々海軍五省やマルクス・アウレリウスの言葉を思い起こしながら生きていきたいと改めて胸に刻みました。