新型コロナウイルスへの初動対応を誤った(?)のかイタリアでの感染が広がっています。

2020年3月12日の日経新聞ではこう書かれています。
イタリアのコンテ首相は11日、全土で飲食店などの店舗を2週間閉鎖すると発表した。新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない事態を重く見た。10日に個人の移動制限を発動したばかりだが、さらに踏み込んだ対策でウイルスを徹底的に封じ込める。

対象はレストランやバール(喫茶店)、美容院などで、12日から閉める。スーパーなどの食料品店や薬局、銀行、郵便局は含まれない。工場は感染防止に向けた対策をとれば操業を認める。生産と関係ない部門は閉めるよう求める。コンテ首相は「もう一歩、踏み込むべき大事な時だ。数週間でこの大きな努力の効果が見られるだろう」と話した。

伊当局によると、11日の感染者数は前日比約2割増の1万2462人。死者は約3割増の827人となった。欧州では断トツに多く、世界でも中国に次いで2番目の感染規模となっている。感染の中心は北部地域で、ミラノがあるロンバルディア州が最も多い。2月下旬に複数の患者が確認されてから、一気に感染が広がった。

過去にもイタリアで(というか全欧州で)ペストが流行ったことがありました。
そのことを題材にした文学が、世界史の授業で習ったはずのボッカチオ『デカメロン』。
「1348年に大流行したペストから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという趣向で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる」(ウィキペディアより)。
この作品のことがなぜかネットニュースで取り上げられていました。

他方で誰も何も触れていないようなのですが、私はついトーマス・マンの『ヴェニスに死す』を思い出してしまいました。こちらはタイトル通り、主人公がヴェニスで死んでしまうというものです。

こちらもウィキペディアからの引用になりますが、あらすじは次の通り。
20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、執筆に疲れて英国式庭園を散策した帰り、異国風の男の姿を見て旅への憧憬をかきたてられる。

いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。

ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その10代初めと思われる息子タージオの美しさにアッシェンバッハは魅せられてしまう。

やがて海辺で遊ぶ少年の姿を見るだけでは満足できなくなり、後をつけたり家族の部屋をのぞきこんだりするようになる。

様々な栄誉に包まれた「威厳ある」作家である彼は、こうして美少年への恋によって放埒な心情にのめりこんでいく。だが、ヴェネツィアにはコレラが迫っていた。

滞在客たちが逃げ出し閑散とする中、しかしアッシェンバッハは美少年から離れたくないためにこの地を去ることができない。そして、少年とその家族がついにヴェネツィアを旅立つ日、アッシェンバッハはコレラに感染して死を迎えるのであった。
主人公アッシェンバッハの風貌は作者マンの知人であった作曲家グスタフ・マーラーを意識したもの。
映画版でもやはりマーラーそっくりの人物が登場し、作中では『交響曲第5番嬰ハ短調』の「アダージェット」が用いられています。予告編でもやはりアダージェットが使われていますね。




作品のあらすじだけを追いかけると、「美少年が中年男からストーカー被害にあう」といういかれたもの。(川端康成の小説にも似たようなものがありましたね。)

このあらすじ、一体どんな意味があると思いますか?


『ヴェニスに死す』に込められた「美」の恐ろしさ

さっそく深堀り(ネタバレ)すると、老いが自分の身に忍び寄ってきたことを自覚した主人公が、自分とは対極にはつらつとした少年を見つけ、その生命のなかに抗いがたい「美」を感じ取り、魅入られ、やがてコレラが流行り始めたヴェニスから離れられず、ついには死を迎えるというものです。

要するに作者は「美」というものがいかに人を惹きつけ、時には不幸に追いやってしまうかということを一芸術家の姿を通して表現したかったようなのです。

モーツァルトやラファエロの作品を鑑賞すれば「ああ素敵だな。きれいだな」と思ってそれでおしまい。普通ならそんなところでしょう。

ところが「分かる人」「感覚のどこかが発達している人」にとっては「素敵」「きれい」がまさに生きるか死ぬかの問題になり、新型コロナウイルスに感染するよりも危なっかしいことになってしまうようなのです。

私にはちょっとついて行けない世界観ではありますが、鬼才ヴィスコンティが映像化しているだけのことはあり、『ヴェニスに死す』の歴史的評価は原作・映画ともに「傑作」とされています。

もし原作をお求めなら、『トニオ・クレーゲル』も収録されている新潮文庫がよいでしょう。(個人的には古典の薫り高い岩波文庫の実吉捷郎訳が好きですが・・・。)

イタリアの街が閑散としている様子は報道写真で確認できますが、この風景を見ていて真っ先に思い出したのが『ヴェニスに死す』でした。

厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策の基本方針(令和2年2月25日)では「手洗い、咳エチケット等を徹底し、風邪症状があれば、外出を控えていただき、やむを得ず、外出される場合にはマスクを着用していただくよう、お願いする」と書かれています。

風邪と思われる場合は外出を控えなさいということですが、こういうときでないと案外古典というものは触れることがなかったりします。
最近は本屋に行かなくても電子書籍をダウンロードすればいいわけですから、便利な時代になりました。映画ですらダウンロードレンタルできますし・・・。

もしヴェネチアの退廃的な雰囲気に浸ってみたいと思われる方がいらっしゃれば、ぜひ『ヴェニスに死す』を小説なり映画なりで味わっていただければと思います。