歴史学者・磯田道史さんの著作『日本人の叡智』。

この本は有名無名に関わらず、人の心に響く名言が紹介されています。

「事業はみだりに興すことあるべからず。思いさだめて興すことあらば遂げずばやまじの精神なかるべからず。」(大槻玄沢、1757-1827)
事業はみだりに手掛けるな、手掛けたら完成するまでやめない精神が必要だといったものです。

「各人は現代に存すると共に、現代に尽力するの義務あり。」(早川千吉郎、1863-1922)
これはおのおのが現代に生きるとともに、今の時代で努力しなければならない、といった意味のもの。

「ローマの滅びたるは中堅なくして貧富の懸隔甚だしかりしが故なり。露帝国も然り。」(秋山好古、1859-1930)
『坂の上の雲』でも重要人物の一人となる秋山好古の言葉です。

こうした珠玉の言葉を読んで、改めて自分の文章をブログという形で書き留めておくことの重要性に気付かされました。

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言葉をブログで残すことの大切さ

もちろんブログではなくもっと大掛かりなつくりのホームページでも構いませんし、動画や音声コンテンツであっても構いません。
いずれにせよ、「言葉」を自分がいない時・場所へ届けることがとても大切であるということです。

磯田道史さんはこの本の冒頭でこう述べています。
人は、かならず死ぬ。しかし、言葉を遺すことはできる。どんなに無形であってもどんなに不遇であっても、人間が物事を真摯に思索し、それを言葉に遺してさえいれば、それは後世の人々に伝わって、それが叡智となる。この叡智のつみかさなりが、その国に生きる人々の心を潤していくのではないか。
ここでは「言葉」が残ることの重要性を的確に突いており、付け加えることは何もありません。
現に、このブログ記事もあなたの隣に私がいるわけではありませんが、あたかもブログが「自分の分身」として私の考えたことをあなたに伝えています(その時私は寝ているかもしれないし、働いているかもしれません)。

そして私達の先人の言葉も『日本人の叡智』という本にまとめられ、様々な知恵に接することができるようになっています。

大隈重信、ブロガー必見? の言葉を吐く

明治大正時代の総理大臣であり、早稲田大学の創立者でもある大隈重信。
人間は125歳まで生きられるというのが持論で、とにかく大風呂敷を広げる癖がありました。

彼の言葉は・・・。
「人間だってそうだよ、坐っている椅子によっては、そいつの価値がいろいろと変ってくるのさ。」

どうやら自宅の玄関先に置いている物は、くだらない品物でも立派に見える(総理大臣ですからね)ので、友人たちに「売りたいものがあったら、オレの玄関に置いておけばいい。骨董はその置き場によって値がつくもんだ」。「人間だってそうだよ、坐っている椅子によっては、そいつの価値がいろいろと変わってくるのだ」。

ブログをやっている人なら知っていると思うのですが、同じ文字数やコンテンツの充実度でも、取り上げるネタのキーワードボリュームが多いか少ないかや、流行り廃りの関係でPV数はガラリと変わってくるものです。
まさに「取り上げるネタ(坐っている椅子)によっては、価値が(PV数が)変わってくる」世界ではないでしょうか。

おわりに

「死んでから仏になるはいらぬこと この世のうつによき人となれ」。(山本玄峰、1865-1961)
ブログも同じで、どんなにいいことも心の中に秘めているだけでは伝わりません。
そもそも心の中に秘めているそれは、「いいこと」なのでしょうか。案外「ありきたりなこと」かもしれません。
逆に自分にとっての「ありきたり」が他の人にとっての「衝撃」かもしれません。
それは発表してみないとわかりません。

山本玄峰と同じことをローマ帝国の皇帝、マルクス・アウレリウスが述べています。
「あたかも一万年も生きるかのように行動するな。不可避のものが君の上にかかっている。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。」(『自省録』より)

結局のところ、ブログであれ人生であれ「やるかやらないか」がすべてのカギであり、その結果として誰かの心を動かす(かもしれない)ようです。

『日本人の叡智』は1つの名言を2ページで紹介し、非常に読みやすい本となっています。
しかし滋味に富む味わいは再読、再々読に耐えうるもの。これは「言葉」の重みがしっかりと伝わってくる高い充実度だからこそ。私もこの本の2周めに入りたいと思いました。