20年以上も日本の音楽界の第一線を走り続ける歌手、aikoさん。

私も彼女のライブに何度か足を運んだことがあり、パワフルな歌声、お客さん思いの温かみのある人柄、CDとは違ったジャズっぽいアレンジで聴かせるセンスの良さなど、まさに一流のアーティストと言えるでしょう。

その彼女が初めて買ったCDが光GENJIだとか。大阪府の三国駅付近にあるCD店「ガロ」での購入だったはずです(私も昔のことですが、いわゆる聖地巡礼で立ち寄ったことがあります)。

aiko

aikoさんはCDに対する並々ならぬ愛着を持っていることで知られています。

彼女の楽曲がとうとうサブスク解禁されたという報道に、「ああ、これも時代の流れか」という感慨にとらわれました。


音楽は随分安くなった

戦後のレコード、CD価格の推移を調べてみました。
人事院が公表している国家公務員・行政職俸給表(一)によると、

昭和24年 4,223円
昭和33年 9,200円
昭和40年 19,610円
昭和50年 80,500円
昭和60年 118,800円
平成10年 184,200円
平成19年 181,200円

とあります。(https://www.jinji.go.jp/kyuuyo/kou/starting_salary.pdfより)

一方でレコード・CD価格の推移ですが、
昭和25年 2,300円
昭和49年 2,300円
昭和55年 2,800円(ここまでレコード)
昭和57年 CD登場、3,800円
平成元年 CD3,008円

だそうです。(https://shouwashi.com/transition-record.htmlより)
ここでいうレコードはLP、つまり両面でおよそ50分程度収録可能なものを指します。
戦前まではSPといって両面で数分程度しか収録できない規格が主流でした。

大卒初任給は戦後一貫して上昇した一方で、レコードは2,000円から3,000円程度と小幅な値上がりになっています。
戦後まもなくのころは初任給のおよそ半分を費やさないと買えないもの。
今の感覚では10万円に近いでしょう。

それが今では初任給の70分の1でCDアルバムが1枚買えるようになりました。

90年代にはCDを買う=おしゃれという風潮が広まりました。
ところが携帯電話が普及すると当時の若者たちはCDを買わなくなります。

2000年代には音楽ソフトの売上は低迷。
2010年代にはアイドルグループがこぞって握手券などのおまけ付き(むしろCDがおまけ?)の商法を流行させ、日本だけがCDが実質的に延命した国となりました。

しかし時代の流れというのか、音楽は月額980円程度で聴き放題の状態になりました。

かつては再生装置そのものも高嶺の花で、レコードも高級品。
いまや再生装置が日常用品のスマホで、音楽はザルに乗ったきゅうりのように「一山いくら」式のビジネスになってしまいました。

拡大する産業に「時代の才能」は集う。音楽では食べられない時代へ?

戦後最大の政治思想史家の元東京大学教授・丸山眞男はかつて自分のゼミ生でのちにケンウッドの代表取締役となった中野雄さん(2020年現在、音楽プロデューサー)が自宅に訪ねてきたとき、こう述懐したそうです。

「中野君は良い時代に、良い場所にいて、良い仕事をしたってことですよ」
(中略)
「或る時代の最先端を行くメディアには、”時代の才能”が集まるんですよ」
中野雄さんがケンウッドで活躍していた1960年代~80年代にはオーディオ業界は成長と拡大の一途をたどり、才能と野心あふれる起業家たちがレコード界に集いました。
そのなかから一握りの人物がこの産業史に不滅の足跡を残すことになります。

丸山眞男は弟子、中野雄さんのキャリアをこう評しました。
競争相手だったかもしれないけれど、ソニーの井深(大)さん、盛田(昭夫)さん、それに君の会社やパイオニア、山水の創業者たちは全員、”時代の才能”そのものだったんじゃないですか。そんな人達と一緒に、あるいは競い合って壮年期が送れたなんて、もって瞑すべしだな。

今、オーディオ業界にはこうした綺羅星のような人材は見られません。
「時代の才能」がオーディオ業界、ひいては音楽業界に見られないのは、つまりはその業界をめぐるお金が枯渇しつつあるからではないでしょうか。

たしかにところどころで大物アーティストは現れているのでしょうが、ビートルズやレッド・ツェッペリン、ヘルベルト・フォン・カラヤンやマイケル・ジャクソンと比べるとどうしても小粒感しか感じられないのは気のせいでしょうか。

この流れの背景にはやはり「音楽ソフトが売れなくなった」ことが理由の一つであると思われますし、代わりに月額980円では個々のアーティストに還元される報酬も雀の涙。次回作の制作費を捻出することはできないでしょう。

aikoさんのサブスク解禁には、「あれほどCDへの愛着を至るところで語っていた彼女が」と思うと同時に、これも時代の流れかという感慨を覚えました。願わくば、これからもaikoさんには素敵な楽曲をどんどん発表していただきたいのですが・・・。(心配しすぎかもしれませんが。)

月額980円で聴き放題というビジネスモデルは、たしかにリスナーにとっては「その時は」安上がりで助かるかもしれませんが、長期的に見たときにアーティストを中心とした音楽業界が持続不可能になってしまうのではと、一抹の不安がよぎります。

例えば5G通信を利用して高画質・ハイレゾでライブを生配信するなど、新しい収益構造を作らなければいけないところですが、それもまだまだ道半ば。
少なくとも私は一リスナーとして自分が応援したいと思うアーティストの作品にはしっかりと作品の価値に見合った対価を払って支えたいと思いました。