音楽評論家、吉田秀和さんのホロヴィッツ評はきわめて有名です。

掲載されたのは1983年6月17日朝日新聞夕刊(東京)。
私の手元に紙面(電子縮約版)があるので一部を引用してみたいと思います。

私たちはこれまで、彼についていろいろな話をきいたり、批評、評論を読んだりしてきた。レコードもたくさんきいた。演奏会の実況をTVで接する機会も、これまでに二回与えられた。それでも、以上の全部を束にしても、今度実際に自分の耳と目で経験したものの重さには対抗できなかった。

事実の重みが苦く
重みとはなにか。今のホロヴィッツには過去の伝説の主の姿は、一部しか、認められなかったという事実のそれである。私としては、彼の来日を可能にした人たちや、全演奏会を翌日一挙に放映したNHKの労を大いに多とする。しかし、この人にはもっともっと早く来てほしかった。

私は人間をものに例えるのは、インヒューマンなので好きではない。しかし、今はほかに言いようがないので使わせて頂くが、今私達の目の前にいるのは、骨董(こっとう)としてのホロヴィッツにほかならない。骨董である以上、その価値は、つきつめたところ、人の好みによるほかない。ある人は万金を投じても悔いないかもしれないし、ある人は一顧だに値しないと思うかもしれない。それはそれでいい。

だが、残念ながら、私はもう一つつけ加えなければならない。なるほど、この芸術は、かつては無類の見え品だったろうが、今は――最も控え目にいっても――ひびが入ってる。それも一つや二つのひびではない。

NHKホールで行われた演奏会は、最高席は5万円で販売されていました。
当時の聴衆の期待の高さが伺われる価格設定ですね。

これを考えれば、吉田秀和さんは「素晴らしい演奏だった」「往年の技巧を彷彿とさせる。王者なお健在」のように「空気を読んで聴衆が聞きたそうな評論を書く」ことも不可能ではなかったはず。

それを「ひびのはいった骨董」とバッサリ。

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空気を読まないことが長期的には信頼につながるのでは

この演奏会評は結果として吉田秀和さんの最も有名な評論となりました。

演奏会評は、クラシックであれロックであれ音楽雑誌を見ればわかるように、その場にいた聴衆が傷つかないようにどことなく生暖かい表現になりがちです。

例えば「・・・が悪い」ではなく「もしこの表現に不足しているものがあるとすれば、それは・・・であったろうか」だったり、「・・・の部分が下手くそ」ではなく「今一つ・・・が望まれる」だったり。

たしかに「その時は」そういう生暖かい表現でお茶を濁すのはいい選択かもしれません。
でもそういう表現ばかり積み重なるとどうでしょう。
「あの人はいつも意見をはっきりさせない」という評価になってしまうのではないでしょうか。

逆に、吉田秀和さんのようにバッサリと指摘したほうが、長期的には読者からの信頼獲得につながるのではないでしょうか。

吉田秀和さんは1913年生まれ。1946年から本格的な音楽評論を始めています。
以後2012年に亡くなるまで評論家としても文化人としても第一線を走りつづけました。

なぜ60年以上もこの仕事を続け、下世話な言い方ながらも干されることがなかったのか・・・。
該博な知識・経験もさることながら、大切なときには本当のことをはっきりと指摘するという姿勢も理由の一つだったのかもしれません。

最初の評論集である『主題と変奏』。ここには吉田秀和さんの若き日の著作が収められています。
が、シューマンやモーツァルトをめぐる評論を読んでみると、きちんと楽譜を分析しており、「・・・だと思う」「・・・と感じた」という印象で終わらず、理論的正しさに基づく主張が展開されています。

正しいかどうか、第三者が楽譜を見れば判断できるという明晰さも、吉田秀和さんが長く活躍するための信頼獲得につながったのでしょうか。

古い新聞の縮約版を読みながら、そんなことを考えました。