クラスや部活の空気になじめない。そう感じている人はけっこういるはず。

このブログは「友だちいない研究所」といいます。

私は昔から学校のクラスなどで友だちができたことがありません。

大学のときは先生から「グループで発表しなさい」という課題を出されたのに、友だちがいなくて一人グループで発表したことがあります。

もともと私は一人でいるのが好きなので、「みんなで何々しよう」というのが超絶嫌いです。
もう「みんなで」という言葉が聞こえた瞬間ムカッとするくらいです。

社会人になってからもここ2,3年は同僚と一切昼ごはんを食べていません!
理由は簡単で「人と一緒に食事をしたくないから」です。

話を戻します。

なぜあなたはクラスや部活の空気になじめないのでしょうか?

理由は・・・。

bukatsu


なぜクラスや部活の空気になじめないのか?

この本にはどうして「空気」というものが発生するのか、丁寧に解き明かされています。

ズバリ結論から言ってしまうと「空気」というのは日本の文化そのものだそうです。

ということはクラスや部活の空気になじめないあなたは日本の文化になじめないというのとほぼイコールです。

少年マンガとかで主人公がいきなり物語の序盤でラスボスに出くわしてしまう、というストーリーがたまにあります。

それと同じです。

あなたは人生の序盤で空気=日本文化というラスボス級の敵に出くわしてしまいました!

空気は誰かがはっきりと命令したわけでもないのに、なんとなくそうしなければいけないかのような雰囲気で人をそうさせてしまう、とんでもない奴なのです。
これは日本という社会に、お互いの結びつきがとても強く残っていることの表れでもあり、その結びつきを「世間」と呼んでいます。たとえば学校だったり部活だったり塾だったり・・・。
サラリーマンなら会社だったり・・・。

「世間」の特徴。ちょっと理不尽なルール

「世間」には鴻上尚史さんに言わせると5つの特徴があります。

1.年上が偉い
こういう感覚は日韓だけのようです。アメリカ人には理解できないらしい・・・。

2.「同じ時間」を生きることが大切
会社やグループ、部活などで集団行動をするとき、一人「私帰りますね」と言ってみんなと違う時間を過ごすと「世間」から外されます。
日本では、評価は「どれだけ会社やチームに貢献したか」ではなく「どれだけ長い時間をともに過ごしたか」で決まります(日本の会社はだいたいこのパターンです)。
違う時間を生きている人間は、「世間」の人ではない、と思われてしまうのです。

3.贈り物が大切
謎の手土産の習慣を指しています。お中元とかお歳暮とか・・・。

4.仲間外れを作る
外国にもいじめはありますが、日本特有のいじめ方があります。
クラスが一つになって、特定の人物をいじめるというやり方です。
いじめられっ子をかばったあなたは、こんどはあなたが集中的にいじめられます。
クラスが「世間」として悪い意味で団結しているからです。

5.ミステリアス
部活で「いつもそうしているルール」とか謎の校則のことです。
よく考えてみると、そうでなければならない理由は何一つない。非科学的・非論理的ですね。
にもかかわらず「そうなっている」。疑問を差し挟むことは許されません。

よく考えてみると変なのに、みんな変だと言わない。(王様は裸だとだれも言わない、言えない。)
それでおかしな方向にコミュニケーションの歯車が回っていく・・・。
学校のクラス・部活の空気になじめない理由はこのあたりにあるのではないでしょうか。

空気は「世間」がカジュアル化したもの

「世間」がカジュアル化すると「空気」となり、私たちの行動を束縛します。
(子供だけではなく、大人も束縛します。)
そして「みんなと同じことをしなければいけない」というマインド=同調圧力を作り上げてしまいます。

東日本大震災のあと、ズタズタになった道路は1週間で修復されました。
働いていた人たちが、個人の事情を後回しにして一致団結した証です。
これは日本の強みであり、同調圧力がいい方向に作用した場合の話です。

ところが逆に一人だけ色の違うランドセルを使っている人がいると、みんなでその人をいじめる。
これは悪い方向に同調圧力が作用した例です。あなたがきっと感じているであろう、学校社会のアホらしさはこのあたりにあるはずです。

「世間」や「空気」に抗うために

鴻上尚史さんは『「空気」を読んでも従わない』で、世間との戦い方を説明しています。

「仲間外れ」を恐れないこと。

学校や塾などの「世間」(身近なコミュニティ)だけではなく、同時に他の弱い「世間」に所属すること。(たとえば地元のテニス同好会やライブハウスで知り合った仲間で作ったバンドなど。)
こうして「いつメン」と離れていろんな「世間」にいくつか所属することで、自分を支えるものを複数つくることがポイントだそうです。

ハリー・ポッターの悪役ヴォルデモートは自分の心臓を7つに分割しました。
これは1つが破壊されても他の心臓が補ってくれるだろうというリスクマネジメント。ジェット機もエンジンが2つあるので1つが故障してもしばらくは飛び続けることができるのと同じ原理です。

悪役のことを書いたのでイメージが悪くなってしまうかもしれませんが、人間関係に限らず万事につけて「1つが駄目でも他の何かで補える」という状態にしておくのはとても大切なことなのです。

あなたを取り巻く人間関係も同じことが言えるでしょう。
学校や塾はあくまでの一つのコミュニティ。別のグループにも所属していると、自分の所属している「世間」というのが世界のごくごく一部でしかないとはっきりとわかることができます。
そうなればしめたもの、「空気」のアホらしさ、一つのコミュニティに骨を埋めることの馬鹿らしさが身にしみてわかるはずです。

ちなみに、そうやってものごとを客観的に見られるようになるのは頭がいい人の条件でもあります。
「この部活の人間関係っておかしいや」と思えたあなた、成績アップのチャンスですぞ。
(ちなみに、知能が高いことで知られるユダヤ人も、客観性・論理性を重んじた教育を実践していることで知られています。)

「空気」のアホらしさ、私の見解

以上は鴻上尚史さんの『「空気」を読んでも従わない』の簡単なまとめになります。
私なりにも見解を付け加えておきます。

「空気」は、じつは空っぽです。空気ですから当然ですよね。

みんなが必死で担いでいる神輿、開けてみると何もありません。

謎の校則、あいつを仲間外れにしなければいけないような雰囲気、仕事が終わっているのにまだ居残らなければ行けないようなムード・・・。突き詰めると非科学的・非論理的です。
しかし誰もがそういう空気が「ある」と思っている以上、「ない」ものが「ある」ことにされてしまうのです。
山の上に妖怪が住んでいるはずもないのに、住んでいると思い込んで毎年山にいけにえを捧げる古代人を笑えませんね。

あなたが大学に入って政治学を専門にすると、おそらく「無責任の体系」という言葉について学ぶことがあるはずです。
かつて日本も誰がどういう意思決定をしたのかはっきりしないまま日中戦争に突き進み、むやみに戦線が拡大し、さらには太平洋戦争が始まり、やがて敗戦を迎えます。

戦勝国アメリカを中心として、そうした意思決定の仕組みを裁判を通じて解明しようとした試みがありましたが、戦争指導者たちは「既成事実がこうだったから」「当時の状況としてこうするしかなかった」などと証言。責任の所在はうやむやになり、結局明らかになりませんでした。
政治学者・丸山真男はこれを「無責任の体系」と名付けました。

これはありもしない「空気」をめぐって堂々巡りしてしまう日本人特有の行動パターンであり、おそらく私たちが生きているうちに改まることは絶対にないでしょう。

おわりに

このように、学校や部活の空気になじめないというのは、私たちが生きている「世間」というものがもつ不思議な行動様式にありました。

しかし無理して馴染む必要もなく、必要以上に逆らう必要もなく、この記事を参考にしたり、『「空気」を読んでも従わない』を実際に読んでいただいたりして、うまい戦い方を体得していただければと思います。

この記事が少しでも参考になれば幸いです。