2020年1月2日にNHKで放送された「GLAY 伝説の25年~やわらかな風の中で~」。

この番組でGLAYの中心的存在であるTAKUROさんが感動的なことをお話されていました。
日本を代表するロックバンド、GLAY。令和の時代も、その勢いはとどまることを知らない。2019年10月、NHK-FMでメンバー4人がリレー形式で生出演するリクエスト番組が放送された。25周年の節目、メンバーがゆかりの豪華ゲストたちと本音トークを展開。スタジオで繰り広げられたトークのダイジェストや貴重なライブ映像を紹介しながら、GLAYの25年を振り返る。
(https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2019104553SC000/より)

その言葉のなかに、なぜGLAYが25年も続いたのか(アマチュア時代から起算するともっと長い)、またなぜ今なお人気が衰えないのか、秘密の一端を示しているようでもありました。

glay


TAKUROさんの名言「一番遅い人に合わせようと決めていた」

この番組では、GLAYを結成したとき、「一番遅い人に合わせようと決めていた」というのです。
一番遅いとは走るのが遅いとか、ご飯を食べるのが遅いとか・・・、を言っているのではありません。

「いろんなバンドを見ていて、人の成長する速度やタイミングは違っているとわかった」
「あとで人が一気に成長したりすることもある」

記憶を頼りに書いていますが、概ねそういうお話をされていました。

何を念頭にTAKUROさんがこの話をしていたのか・・・。
ちょうど世紀の変わり目である2000年頃のこと、JIROさんがメンタル的に非常に参っていました。
ライブ中もずっと下を向いていて笑顔がなくなり、ファンからも心配されていました。
そこでTAKUROさんも「JIROを休またい」と考えていました。解散をも考えたことがあったようです。

そこでGLAYは解散・・・。

することはなく、昔のまま今なお4人体制で継続しています。


早く行きたければ1人でいけ、遠くまで行きたければみんなで行け

当時、JIROさんが脱退することなく危機の時代を乗り越えてGLAYが続いているのは「一番遅い人に合わせようと決めていた」ではないでしょうか。
そのとき最も「遅い」状態にあったJIROさんを見捨てることがなかったからこそ、函館出身の彼らは今なお音楽を分かち合う強い絆で結ばれていると言えると思います。

アフリカのことわざ(アフリカのどの国なのかは不明です)に「早く行きたければ1人で行け、遠くまで行きたければみんなで行け」という言葉があります。
TAKUROさんの信念もこの言葉と響き合うものがあるでしょう。

私もGLAYのライブには何度か足を運んだことがあります。
驚いたのは、ロックというジャンルの音楽でありながら、そこに暴力性のかけらもなく、逆に「父としての強さ」「支えてくれる仲間がいることの充足感」「支持してくれるファンへの感謝」など、会場全体があたたかみのある雰囲気に包まれていたことです。
これもTAKUROさんの持つ包容力のなせるわざでしょうか。

民主主義とTAKUROさん

GLAYはデビュー25周年にあたり『NO DEMOCRACY』というタイトルのアルバムを発表しました。
TAKUROさんの「言葉」へのこだわりを表した一作であるとされているようです。

日本語に訳すと「民主主義が、ない」になるでしょうか。
これは内輪だけで民主主義と浮かれていても、世の中にはまだまだ民主主義が浸透していないという思いが表現されているとのこと。

民主主義といえば対立する人と果てしない話し合いを経なければ合意に到達しない、きわめて面倒なものです。民主主義に背を向けている中国がここ30年ほど成長一辺倒であり、他方で民主主義国家である国々では経済格差、移民受け入れ賛否などによる社会の分断に苦しんでいるという現実があります。

このように民主主義がきしみを上げる今、それでもあえて「民主主義」をタイトルとしたTAKUROさんは「一番遅い人に合わせよう」とする思いやりの人であり、「早く行きたければ1人で行け、遠くまで行きたければみんなで行け」を体現しているものではないでしょうか。