NHKの番組である「100分de名著」。
これは『カラマーゾフの兄弟』とか『万葉集』など、古今東西の名著をその道の専門家が詳しく解説してくれるというありがたいもの。

『カラマーゾフの兄弟』や『万葉集』に手を出してそのまま挫折してしまった人はきっとたくさんいるはず・・・。
かくいう私も『カラマーゾフの兄弟』は10年前に一応読みはしたものの、さあっぱり内容が頭に入ってこず、とりあえず今も本棚に飾っているものの次に読むのはいつだ? という状態になっています。

こういうのはたぶん私だけではないはずで、だからこそ「100分de名著」が人気番組となるんですね。

このシリーズのなかでどれか一つ選べと言われたら・・・。

私はためらわずに『夜と霧』を選びます。

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100分de名著『夜と霧』とは

そもそも『夜と霧』とは。
これは心理学者V.フランクルがナチスに捕らえられてアウシュヴィッツ、そしてダッハウの強制収容所での囚人としての記録をまとめたもの。

だからナチスを批判しているのかと思いきや、直接的にナチスやヒトラー、その手先となった人物を批判している文章は見当たらず、あくまでも「苦難のときにあって、人はその苦しみとどう向き合うか」「ひどい苦しみの中にも、どう人間らしい尊厳を保つか」といったことがテーマとして一貫しています。

収容所の囚人たちは人権もなにもないひどい扱いをうけ、結果的に囚人でありながらナチスの手先のように振る舞う人たちも現れました。

他方で苦難に耐えながら同じように耐え忍んでいる仲間たちへの思いやりを捨てず、人間らしい心を失わなかった人もいました。

100分de名著『夜と霧』の巻末解説者である姜尚中さんはこのことを指して次のように述べます。
同じ状況の中にあっても、染まる人間と染まらない人間がいたのです。それを見てフランクルは、人間は外的条件の単純な変数ではないと確信しました。
では、その一線を分けたのは何だったのでしょう? それは「精神」です。強い者がどれほど力をもって弱い相手を従わせようとしても、一〇〇パーセント支配することはできません。いかなる手段をもってしても侵すことのできないもの。それが人の精神です。個人の自由の心です。そこにこそフランクルは注目したのです。

フランクルは収容所のなかで、仲間たちの相談に乗り、いわゆるカウンセリングのようなことをすることもあったようです。
「頑張ればきっといつか助かる」「ネガティブになってはいけない」のようなポジティブシンキングを説いたわけではありませんでした。

自分たちが生き延びる可能性はきわめて低いことを自覚しつつ、にもかかわらず自分の人生は意味あるものに変えることができるはずだと説いたと言われています。
別の表現をすると、「苦しみというものと徹底的に向き合ってこそ、人間は精神を深めることができるのだ」・・・、そう言いたかったようなのです(まるで聴覚障害を乗り越えて偉大な音楽を生み出したベートーヴェンの作品そのものではないでしょうか)。

苦しみを乗り越えて、あなたは自分の人生に「イエス」と言う日が来る

かなり厳しい話なのですが、フランクルは苦しいことはなるべく避けよう、効率化しようということは語っていません。

フランクルは人間を定義して、「ホモ・パティエンス」と名付けました。「悩む人」という意味です。
知能があることを意味する「ホモ・サピエンス」という言葉に対して、ベルクソンは「ホモ・ファーベル」(工作する人)という定義を作りだし、ホイジンガは「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)という定義を作りました。

フランクルは悩みというものは人間だけが持つことができることに注目し、この「悩む」という苦しいプロセスを通じて獲得したものを尊いと考えていたようです。

人はなぜ生まれてきたのか。

人はどこへゆくのか。

神がいるのなら、なぜ世の中は不正にあふれているのか。なぜ神は沈黙しているのか。

このような問いかけは誰もが一度は思うことでしょう。
また、

なぜ自分の街が津波に襲われなくてはならなかったのか。

なぜ自分がガンにかかったのか。

なぜ私の愛する人の命を奪った者の刑罰がこんなに軽いのか。

こうした理不尽に対する疑問はよりリアリティを伴って感じられるものだと思います。

にもかかわらず、真摯にこの「問い」に日々向き合うことで、あなたはやがて自分の人生の意味を探り当てる・・・。だから、今ここにある苦しみを投げ出してはいけない。
この苦しみから逃げなければ、いつかあなたは人生に「イエス」と言える日が必ずやってくる。
彼はこのようにとらえていたようです。

おわりに

2019年のうちに改めて読むつもりだった『夜と霧』。
読み進めるにあたっての副読本という位置づけでアマゾンで買ってみた「100分de名著」。
心理学者の諸富祥彦さんのレクチャーに加え、姜尚中さんの解説までつけられており、この「100分de名著」だけをひもといても「人間とはなにか」という問いに対する眼差しを深めることができます。

出会う人すべてに勧めてしまいたいほどの『夜と霧』ですが、もし図書館にあればそちらを読んでみて下さい。
とはいえ20世紀に出版された本のなかでも圧倒的な高みに到達しているので、おそらく二度めに読む時は絶対に本屋さんで買おうという気になっていることは間違いないと思います。

素晴らしい読書のひとときをお過ごし下さいますよう、願ってやみません。