朝日新聞の有名コラム「天声人語」。
かならず第1面に掲載されており、入試問題として使われることも。

600文字くらいで、1、2分もあれば読めてしまうような長さのなかに言いたいことがきちんとまとめられています。
声に出して読んだ時のリズム感もよく、さすがにプロが書いているだけのことはあり「名文」と言えるでしょう。

例えば1974年9月16日の天声人語。
夕焼けの美しい季節だ。先日、タクシーの中でふと空を見上げると、すばらしい夕焼けだった。丸の内の高層ビルの間に、夕日が沈もうとしていた。車の走るにつれて、見えたり隠れたりするのがくやしい。斜陽に照らされたとき、運転手の顔が一杯ひっかけたように、ほんのりと赤くそまった。
こう書き起こされたコラムはニューヨークと東京の摩天楼について触れ、大都会であっても夕焼けのひとときだけは感傷に染まることを述べています。
そしてアウシュヴィッツに強制収容された体験をつづったフランクル『夜と霧』を紹介して、短いコラムは結ばれています。
栄養失調と強制労働の疲労で極限状態にある囚人たち。そこに一人の仲間が飛び込んできて、その日の夕焼けの美しさを告げます。外に出た彼らが目にしたものは・・・。
みんなは黙って、ただ空をながめる。息も絶え絶えといった状態にありながら、みんなが感動する。数分の沈黙のあと、だれかが他の人に「世界って、どうしてこうきれいなんだろう」と語りかけるという光景が描かれている。
わずか600文字程度のなかに深い随想が込められており、読者には様々な考えるヒントを提供しているすばらしい文章です。

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天声人語は長文SEOへのアンチテーゼか

長文SEOという言葉は、ウェブサイトを管理していないと聞かない言葉だと思います。
実はインターネットの世界というのは、Googleで検索をしたときに1~3位程度(少なくとも1ページめ)にランクインしないとほとんど誰も訪問してくれないものなのです。

つまり終わりのない椅子取りゲームであり毎日が総選挙。
ウェブサイトの管理をしたことがある人なら、アイドルの総選挙を見て「ハハハ」と笑っていられません。Googleのランキングで上の方に自分のサイトが位置できなければ死活問題なわけですから・・・。

そこで少なくとも上の方へランクインするための技術を「SEO」=Search Engine Optimization(検索エンジン最適化)と言い、ウェブサイト管理者はこの技術をなんとかして身につけようとしています。

実は2016年~2017年頃までは「長文SEO」というものが効果があると言われていました。
長文SEOとは「たくさん文字数を詰め込めば上位表示されやすくなる」というもの。

Googleの当時のアルゴリズムは「文字がたくさん入っている」=情報が充実していると理解していたようなのです。また、読むのに時間がかかるわけですから、そのページに滞在する時間が長くなります。
となると「滞在時間が長いということは、つまり読者はこのページに満足しているから長居しているんだ」ということになり(誤解以外の何物でもないのですが)、これもGoogle検索上位に位置しやすくなる要因とされていました。

そうして生み出された記事が「〇〇する方法10選」など。
それが1位を占めると、ライバルサイトはもっと長くしてやろうと「〇〇する方法12選」を作り、さらにそのライバルが「〇〇する方法15選」を作り・・・。

というわけでただ長いだけの記事が量産される風潮ができてしまいました。

その後、Googleはアルゴリズムをアップデート。2019年現在は、「その記事を誰が書いたのか」「盛り込まれた情報は事実に相違ないか」を重視する流れができ、E-A-Tと言われています。

これは
Expertise(専門性)
Authoritativeness(権威性)
Trustworthiness(信頼性)
のそれぞれ頭文字をとって省略したもの。

たしかに「肝炎」について調べたい、となった時にどこの誰が書いたのか分からない記事が1位だと困りますよね。2019年時点では、健康や医療についての検索ワードで調べると厚生労働省や大学病院、研究機関など現実の世界で信頼性のあるサイトが上位表示されるようになっています(2017年ごろはデタラメ記事でもSEOテクニックを駆使して1位になることがありました)。

そもそも専門家でもない人の記事が1位になること自体がおかしかったわけであり、Googleのアルゴリズムアップデートは全体としては情報の信頼性を重視する流れになっています。

改めて考えたい、何のための情報発信か

そこで天声人語に立ち返ります。
短いながらも、いろんな意味で情報量が多い名コラムである天声人語。

他方で、不自然に文章を詰め込んだウェブ記事。

果たしてどちらが読者のためになると言えるでしょうか。

こう考えると、天声人語はある意味では、長文SEOへのアンチテーゼであり、「誰に対して、どのような価値を提供しているか。読んでくれた人を読む前よりもいい状態に導きうるか」ということへの強い戒めであるようにも思えるのです。


追記:この記事冒頭でご紹介した天声人語は疋田桂一郎さんの執筆によるもの。新聞史上に残る名コラムを数々残しましたが、46歳の若さで亡くなってしまいました。
天声人語はのちに文庫にも収録され、手軽に読めるようになっています。