2019年10月13日、TBSで放送されたUTAGE!。
アシスタントとしてMC中居正広さんの傍らに座る渡辺麻友さんは、この日の放送では「渡良瀬橋」と「紅」を歌っていました。

私はあとで一音一音確認しようとしてICレコーダーまで準備して視聴しました。
(家にDVDレコーダーがないので・・・。)

2曲を歌った録音を聴き返しながら、歌い口に彼女の人柄が現れていること、つまり音楽とはその人固有の人間性と切っても切れない関係であるという思いを新たにしました。
以下、具体的に私なりの感想を書いておきたいと思います。

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渡辺麻友さんの「渡良瀬橋」。歌いぶりに人柄がにじむ

出演者は当然ながら本番に向けて十分な努力を重ねていることは確かながらも、UTAGE! はあくまでもエンターテイメント番組であり、深刻ぶって視聴することを目的としていないはずです。

とはいえ出演者それぞれ、歌ったり踊ったりする瞬間に各々の個性が出ていることはやはり否定しがたい事実だったと思います。(ギターを弾く方なら、無意識のうちについ作ってしまいがちな8小節くらいのフレーズなり、ピックを弦に当てるときの手癖なりに心当たりがあると思います。それと似たようなものだと思います。)

渡辺麻友さんはどんな「渡良瀬橋」を歌っていたでしょうか。
改めて録音を聴き返して、誠実に音を伸ばし、歌詞を確実に音にしようとするところに彼女の人柄が表れていると思いました。
ここには、かつてアイドルとしてファンを裏切らなかったという経歴(それは「ストイック」という言葉に集約されるでしょう)との対応関係が見られます。

アルトリコーダーを吹く姿もきわめて貴重なもの。
ここではすこし失敗してしまいましたが、ミスをごまかしたり押し切ろうとしないで「しまったな」という表情を浮かべるあたりに、彼女の人柄が表れていると思いました。

X JAPANの「紅」、どういう表現だったか

これはおそらく誰もが知っている名曲中の名曲、Xの代表曲です。
「紛らしている」などロックテイストの曲が持ち歌にあるとはいえ、渡辺麻友さんの個性とは真逆の位置にあると言っても過言ではありません。

と言いますのも、今でこそロックバンドというものは当たり前のものになりましたが、X JAPANがデビューした時代である昭和末期~平成初期の頃はロックバンドにはヤンキー文化(渡辺麻友さんの本来の人柄とは相容れないもののはずです)が色濃くにじむものがあったからです。

のちにYOSHIKIさんに見いだされてデビューすることになったGLAYのTAKUROさんは函館から上京してきたときの東京のバンドシーンを『胸懐』という本のなかでこう回想しています。
当時は「ローディ」といって、バンドにも親方・子分のような関係があり、

彼らはかなり荒っぽかった。なにしろライブの打ち上げのときに、人が飛んでくる。誰かに投げられて、人が宙を飛ぶ。一升瓶を一気飲みさせるとか、殴ったり殴られたり、酒瓶が割れるのは日常茶飯事の世界だった。人をさらうなんてこともあった。気に入らないバンドのボーカルをさらうのだ。

ある有名なライブハウスで、ボーカルがいないのに、バンドだけが演奏していたことがあった。(中略)ボーカルは敵対するバンドの連中にさらわれて、どこかでボコボコにされて唄える状態じゃない。
このように、バンド活動の裏には凄惨な事件が頻繁にあったようです。

YOSHIKIさんとデビューに向けて打ち合わせをしていたTAKUROさんも「一升瓶を一気飲みできないと殴られるって、ほんとですか?」と恐る恐る質問していました。
「大丈夫。今はもう、そんなことはないよ」。YOSHIKIさんからこう回答をもらったものの、(やっぱり昔はそうだったのか)と内心思ったそうです。(布袋寅泰さんの自伝にも似たようなエピソードが書かれていました。)

当時のロックというジャンルの音楽はこういう土壌から生まれてきたものだけに、時代特有の「悲しみ」や「苦しみ」がときににじむものがあります。
とくにXはやはり独特の暗さ、悲しさを歌い上げた作品が見られるだけに、その代表曲である「紅」をどう歌うのか、私は注目していました。

番組でもトリに配置されており、TBSとしてもこの場面に大きな期待を寄せていたことが伺われます。

今、ふたたび映像抜きの録音を聴き返してみると、Toshlさんの歌い方をかなり忠実に再現しようとしていていることがまず感じ取れます。
「渡良瀬橋」で聴かれた誠実さのある歌声とは打って変わり、ここでは荒々しい生の感情がぶつかり、「紅」の世界観を彼女なりに咀嚼していたと思います。
興味深いことに、やはり女性ゆえの個性なのか、荒々しいと言ってもやはりどことなく柔らかさがにじみ、なぜか歌のなかに1%くらい三村茜の姿が(友人のために子供を預かることを申し出た、優しい彼女が)だぶってしまうのでした。

つまり彼女はToshlさんではなく。あくまでも「渡辺麻友」。
歌う前に「それでは聴いて下さい、『紅』」(ロックのライブでありがちな「聴け!お前ら!!」ではないことに注意。)と丁寧なナレーションをしたり、「かつあげされるんじゃないかと思った」、「そんなことしないですよ」というやり取り、終演後の感想で「裸はNGで」というコメントが出る辺りなど、彼女本来の個性がどことなく表れていたと思います。

そういう意識はなくても、ついにじんでしまうもの、それが人柄であり、それが音になるとその人独自の「トーン」になってくるのではないでしょうか。(登場人物それぞれの個性が特殊能力として具現化される、『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド能力みたいなものでしょうかね?)

おわりに

以前アメリのレビューで「渡辺麻友トーン」という言葉を使ったことがありますが、彼女なりの人格表現=音(トーン)をどう確立させてゆくかが女優、とくにミュージカルでの活躍を目指すうえでの課題となってくると思います。

その意味で、今回のUTAGE! では2曲の歌を歌い、曲想はまったく違っていながらそのどちらもに彼女の個性が(はからずも?)反映されていたという点で非常に興味深いものだったと思います。

観覧のために収録現場で実際の渡辺麻友さんの姿を見ることができた方はまさに目撃者。

これからも渡辺麻友さんがどういう音の表現を追求してゆくのか、私としても引き続き応援していきたいと強く思いました。