日本の音大生で、ヴァイオリンを学んでいる人たちが使っている楽器の相場は、大体ですが300~500万円くらいということになっているようです。

実際にどうなのか一人ひとりにインタビューして尋ねたわけではないのですが、ネットで調べてみた情報をまとめると、大体それくらいになっているようです。

さらに、NHK交響楽団など一流オーケストラの団員ともなればさらに一桁上の楽器を使っていると考えて不思議ではないでしょう。

バイオリンも、カイシャのはあるが、最近はみんな自分のオールド・イタリアンを盛っているので、カイシャの楽器には興味を示さず、もっぱらスペアとして使われている。

NHK交響楽団にかつて所属していた鶴我裕子さんはこう『バイオリニストは目が赤い』という本に書いています。このオーケストラの団員は、NHK交響楽団のことを「カイシャ」と呼んでいるようです。

オールド・イタリアンとなれば日本で買うと1,000万円はするものですから、まさに「歩く身代金」。

「は~、自分の使ってる楽器は安いんだよね・・・。お金のある人がうらやましい」

そう思う人は私だけではないでしょう。
地方出身で大学進学とともに上京した(と同時にヴァイオリンを始めた)私は、子供の頃からこの楽器をやっている(親にやらされていた?)人が妙に高い楽器を持っている(自分で買ったのではなく、親が買い与えた)のを見ると、なけなしの貯金をはたいて初心者セットのヴァイオリンを買った自分はいつもイラッとしていました・・・(ほんとである)。

でも本当に大切なのは、楽器の値段ではなく、「アレ」のようです。


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安いヴァイオリンを使っているあのプロ奏者。

オーケストラの名門中の名門、ウィーン・フィル。彼らの使っているヴァイオリンもまた「安物」でした。

前述の鶴我裕子さんは、ウィーン・フィルが来日公演のリハーサルのためにNHK交響楽団の高輪の練習場を使った時の目撃談をこう語っています。
バイオリンは、注射のアンプル・ケースのおばけのような箱に首を揃えて並んで入っていて、弓はその下の引き出しに、お箸みたいにガラガラと放り込んである。それを、団員ではない、係のおじさんが取り出して、必要があれば弦を替えたりしてから調弦して、それぞれの席に置いていくのだ。(中略)そのバイオリンたちは、手に取って見るまでもないほどの安物ばかり。
愕然。
あのウィーン・フィルの美しい音色はそんな安物の楽器から生み出されていたとは。

具体的にどれくらい安いのか?

ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていたライナー・キュッヒルさんは「ひどい楽器をつかっています」と音楽プロデューサーの中野雄さんに語ったことがありました。
キュッヒルが渋面を作ったオーストリア製のヴァイオリンやチェロは、丁寧に造られた良質の弦楽器ではあるが、一挺何千万円もする、いわゆる銘器ではない。おそらくN響とか、シカゴ響とかのプレイヤーが使っているものに比べれば、値段は少なくとも一桁、ことによったら二桁違うかもしれない。しかし、楽友協会のホールで古典派やロマン派の作品を弾く分には(少なくとも私達愛好家にとっては)、まったく文句のつけようがない。

この文章から推測すると、およそ300万円前後、どんなに高くても500万円を越えることがなさそうです。
となると、ウィーン・フィルのヴァイオリン奏者が使っている楽器は、日本の音大生が使っているヴァイオリンと価格的にはほぼイコールとみるべきでしょう。

ヴァイオリンを演奏するうえで必要なのは価格ではなくやはり「アレ」だろう

有名なヴァイオリンには名匠ストラディヴァリが製作したストラディヴァリウスが挙げられます。
できの良い作品なら10億円を越える価格で取引されています。

1960年代の東京にあるイイノホールで、ストラディヴァリウスを含む複数のヴァイオリンの弾き比べ・聴き比べ会というものが行われたことがありました。このなかには当時龍角散が所有していたストラディヴァリウス「サンライズ」が出品されていました。
参加者のなかには、後に矢部達哉さん、千住真理子さん、諏訪内晶子さんなど名ヴァイオリニストを育てることとなった江藤俊哉さんも含まれていました(ご自身もグァルネリなど複数の銘器を所有)。

・・・ところが。
「サンライズ」をストラディヴァリウスであると明確に判定できた人は江藤俊哉さんを含め、だれもいなかったのです・・・。

この話は前述の中野雄さんの著作『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢 』に書かれています。
中野雄さんご自身も、ある用事でウィーンに滞在していたとき、ホテルでストラディヴァリウスを一度弾いてみたことがあると述べています。
大学時代は東京大学のオーケストラのコンサートマスターを務め、社会人になってからも室内楽を楽しんでいたのでそれなりに弾けるという自信があったものの、隣で見ていたウィーン・フィル団員と同じ曲を弾いてみると、「なんで同じ楽器なのにこんなに違う音がするんですか」と横で見ていた人にバッサリ指摘されてしまったそうです。

「横で見ていた人」は、ホテルの廊下で迷子になり、フロントに戻ろうかと考えていたときにヴァイオリンの音色が聞こえたので部屋に戻ることができました。
この音色というのはウィーン・フィル団員が出したもの。
その直前に中野雄さんが演奏していたのに、「何も聞こえませんでした」。

中野雄さんは「素晴らしい楽器でも、素人が弾けばホテルの扉の向こう側には聞こえない。一流奏者が弾けば、一流ホテルの分厚い扉の向こう側を貫徹して、廊下まで音が響き渡る」と述べています。

結局のところ、大切なのは楽器の値段ではなくて「自分の弾き方」のようです。

私も安い楽器から高い楽器に替えて愕然となったことがある

私も10万ちょっとの安い楽器を使っていました。
あまりうまくないので、ICレコーダーで自分の演奏を録音してみると、まあひどい音・・・。

それでも少しは上達してなんとかコレルリの「ラ・フォリア」をクリアできそうだなという時になって70万円ほどのヴァイオリンを買い替えました。
そのあと、弓も40万円程度のものにしました。

これなら結構イケてるだろう? そう思ってまたICレコーダーで自分の演奏を録音してみると・・・。










相変わらずひどい音でした!\(^o^)/オワタ





おわりに

安い楽器を使っていると、周りの人が羨ましく見えたり、自分で勝手にコンプレックスに思ったりしがちなもの。
とはいえウィーン・フィルのエピソードが示すように、結局は自分の奏法を改善することが綺麗な音を出すための唯一の道。
無理にボーナスを楽器屋にダンクシュートするよりも地道に音階練習を続けるのが上達の秘訣のようです。


参考文献:




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