ギターにはフレットがあります。
フレットとフレットの間を押さえれば、確実にその音を出すことができます。

だからギターは買ってきたその初日からドレミファソラシドと音階を弾くことができます。

私はヴァイオリン→エレキギターという順序で弾き方を覚えました。

最初に習ったのはヴァイオリンで、まず綺麗な、というか正しい音程が出ませんでした。
じつは何年やってもピアノのような正確な音が出せるようにならないのが実情です。

子供の頃から英才教育的に集中して取り組んでいるならさておき、大人(大体高校卒業程度)になってから始めた人で、サクッと正しい音程で、なおかつ「いいな」と思ってもらえるような音を出す人はほとんどいないのが実情です。

そのあとでエレキギターを練習したところ、音を出すのがあまりに簡単で拍子抜けしてしまったほど。

「ギターがもしフレットレスだったら、90%以上のギタリストは機能しなくなるんじゃないか」
ヴァイオリンにも関心があった私のギターの先生はそう言っていました。

でもどうしてヴァイオリンはフレットがないのでしょう?
あったほうが圧倒的にラクなのに・・・。

いいえ違います。ないほうが綺麗な音が出ます・・・。

ヴァイオリンはフレットがないほうが綺麗な音が出る

たしかにフレットがあれば、指を押さえたときに「その音」を出すことができます。

しかし。

裏を返すと「その音しか出せない」のです。

フレットとフレットの間には一定の間隔がありますが、その間隔のど真ん中だろうが1mm右だろうが1.5mm左だろうが、一定の間隔内=フレットとフレットの間の「その音」を出すためのスペースを押さえている限りほとんど同じ音しか出てきません。

ヴァイオリンの場合は1mm押さえる場所が違うと、まるで違う音が出てきます。

ピンポイントで特定の箇所を押さえないと、さっき出した音と違う音になってしまい、いつまで経っても音痴な音しか出てこない・・・。
先生からは「あと1mm上へ人差し指をずらして下さい」のように細かすぎるクレイジーな要求がレッスンのたびに出てくる・・・。初心者はこれで大抵挫折します。

ところがプロヴァイオリニストほどの腕になると、微妙に音程を操作することで独特の個性を表現することができるようになるのです。
たとえば8小節のフレーズを2回繰り返すのような作品があったとして、1回目は明るく、2回めはすこし内気な雰囲気の音にしてしまったり。

たとえば、有名な「タイスの瞑想曲」。







3人のヴァイオリニストの演奏を貼り付けましたが、それぞれ冒頭のメロディを少し聴いただけでも各々が微妙に音の高さが違っていることにお気づきでしょうか。

ヴァイオリニストは、「音程」に加え、フレージングの工夫やヴィブラートをどの音に対してどれくらいかけるかといった複数の要素をかけ合わせることで「自分の芸風」というものを作り出す必要があるのです。

フレットがあると、音程を操作することができなくなります。
そうなるとどうしても演奏の難易度が下がる反面、無個性になってしまうのです・・・。

音程が操作できず、「ラ」なら「ラ」しか出せないとなるといきおい音程は平均律一択になるでしょう。つまりラ=440ヘルツで固定されてしまいます。

ラは大体438ヘルツ~445ヘルツが許容範囲で、日本のオーケストラなら442ヘルツ、ウィーン・フィルは445ヘルツでチューニングしており、その音の高さも個性の一つとなっているわけですが、音の高さを選べなくなるので「誰が演奏しても同じ音」になりがちなわけです。

まだある、ヴァイオリンにフレットがいらない理由

ヴァイオリンという楽器は音の共鳴というものを非常に重んじています。
基礎練習の段階から、「ラ」や「レ」の音を出してみて、隣の弦はなにも触らなくてもブルブル振動しているか(共鳴しているか)どうかなどを丁寧に確認していきます。

こういう地味な作業を積み重ねることで、ヴァイオリンを演奏する上で必要な「耳」が鍛えられます。

音楽に必要な音程感覚や、楽器が共鳴したときに弦はどんな状態になり、どういう音の拡がりがあるかを体に刷り込んでいき、音への感性を何年もかけて養っていくわけです。
(反面、こういう感覚が身についてくるとポピュラー音楽の音を段々窮屈に感じるようになります。音がガラスケースの中に閉じ込められて身動きできなくなっているような感じでしょうか。)

この共鳴という不思議な感覚は、ギターやピアノのような平均律ではまず体感することができません。
楽器がどれくらい共鳴するかはヴァイオリン演奏においては音の「射程距離」などにも関わってくるだけに、フレットがある=音程が固定される≒平均律になるという状態ではこの楽器の持ち味を削り取ることになってしまうのです・・・。

さらにヴィブラート(指板のうえで左指を上下に微妙に揺らすこと)も使えなくなります。

おわりに

ヴァイオリンにフレットがない理由を簡単に説明しました。
ヴァイオリンの音色があれだけ魅力的かというと、アマチュアの天敵である「フレットがないせいで音楽がずれる」という欠陥が、腕に覚えがある人が演奏すればすべて「楽器の特性を活かし、個性を表現するための武器」になるということに起因するようです。

21世紀の科学でも完全に解明されていないのがヴァイオリンという楽器の不思議。
こちらの本はより体系的に、しかもわかりやすくヴァイオリンという楽器のことをまとめています。
より深くヴァイオリンのことを知ってみたいという方はぜひどうぞ。