大変な評判となっている新海誠監督の新作映画『天気の子』。

家出をした森嶋帆高が新宿・歌舞伎町界隈のネットカフェで読む小説が『ライ麦畑でつかまえて』。

この本のあらすじを追いかけると、帆高の境遇に重なるものがあります。

tokyo


帆高がネットカフェで読む小説『ライ麦畑でつかまえて』とは

高校を放校となった17歳の少年ホールデン・コールフィールドがクリスマス前のニューヨークの街をめぐる物語で、英米文学を学ぶ学生ならかならず一度は読んだことがあるはず。

あらすじをかいつまんで書き出すと、帆高をなにやら連想させる場面がいろんなところに出てきます。

・退学処分の通知書が家に来てしまう。
・ルームメイトと喧嘩して寮を飛び出す。
・というわけでホテルに転がり込む。
・しかしホテルの窓からは変質者みたいな連中ばかりが目につく。
・ホテルのクラブで知り合った女も俳優などに夢中の俗物だった。
・ホテルの従業員に風俗を斡旋されるが、その従業員に殴られた挙げ句、お金をぼったくられる。
・両親の不在中、実家に忍び込んで妹と再会。しかし両親が帰宅するというのでまた家を出る。
・かつての恩師の元を訪ねる。恩師はホールデンを優しく迎え入れるも、どうやらゲイらしいとわかり逃げ出す。

こうしたろくでもない光景が連続します。
ホールデンは社会や大人の欺瞞や建前を「インチキ」と切り捨て、その対極にある純真な子どもたちを大切にしようとします。

ところが結果的に社会や他者と折り合いがつけられず、かえって孤独になっていくというお話なのです。

高校生くらいの年齢の人なら「大人はずるい」といったような気持ちをもったことがあるはず。
『ライ麦畑でつかまえて』を最初に翻訳した野崎孝氏によると「子供の夢と大人の現実の衝突」が「作品の基本的パターン」だとか。
「彼は子供の世界にありながら、大人の世界に片足突っ込んだ不安定な姿勢で立っている」と主人公のホールデンを論じています。

こうした世界観の『ライ麦畑でつかまえて』。家出をするときにわざわざ持ち出す本だったわけですから、帆高にとっては愛読書だったと考えられます。

『天気の子』では家出の理由は「なんだか息苦しくなって」と簡単にしか説明されていません。
しかしこうした細かいシーンに目を凝らすと、大体の理由が浮かび上がってくるではありませんか。
現実の汚さ、俗っぽさは、島しょ部という閉鎖的なコミュニティに暮らす帆高には一層強く感じられたとしても不思議ではありません。

その反発から、『ライ麦畑でつかまえて』を愛読するようになり、とうとう「この場から出ていきたい」という思いが募るあまり家出を企てた・・・。
これが当たらずと言えども遠からずといったところではないかと思います。

さらには、『ライ麦畑でつかまえて』はニューヨークをさまよう物語である一方、『天気の子』は東京を行ったり来たりする話になっているわけですから、「様々な人々・思惑の集う大都会を、大人になりきれない青年が葛藤しながら歩き回る」という点でも共通しています。

『ライ麦畑でつかまえて』の名言たち

おそらく帆高もこうした言葉たちに深く共感したはず・・・。

未熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。
これに反して成熟した人間の特徴は、理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。

あなたは世界中で起こる何もかもが、インチキに見えてるんでしょうね。

ある種のものごとって、ずっと同じままのかたちであるべきなんだよ。大きなガラスケースの中に入れて、そのまま手つかずに保っておけたらいちばんいいんだよ。

誰にもなんにも話さないほうがいいぜ。話せば、話に出てきた連中が現に身辺にいないのが、物足りなくなって来るんだから。

いかにも誰もが若いときに感じそうなことを的確に表現しています。さすが大作家!

作者サリンジャーは1919年生まれ、2010年没。わりと最近まで存命だったんですね。
とはいえ作家としての活動期間は短く、1940~1965年。『ライ麦畑でつかまえて』は1951年の出版です。
この作品がベストセラーになると一躍脚光を浴びるようになりましたが、サリンジャーはそのことを負担に感じ、1965年以後はニューハンプシャー州の田舎で事実上の隠遁生活を送るようになり、沈黙を守る謎めいた作家となりました。

ちなみに『ライ麦畑でつかまえて』には複数の日本語訳がありますが、帆高が読んでいるのは村上春樹氏訳のバージョン。

村上春樹氏はフィッツジェラルドなど様々なアメリカ文学の作品を訳しています。
彼の翻訳の中で特に注目されたのがこの『ライ麦畑でつかまえて』でした。
この翻訳がこれまでの翻訳に代わる「新しい翻訳」として認められ、その後日本の出版業界では様々な名作を「もう一度翻訳し直す」というブームを生むきっかけとなったからです。

おわりに

『ライ麦畑でつかまえて』。懐かしい小説が突然映画のスクリーンに映し出されたので、私は一瞬ぎょっとなりましたが、作品の内容を思い出して「ああ、家出したのはたぶんこんな理由があったんだろうな」と合点がゆきました。

それにしてもこうしたちょっとしたシーンでいろんなことを表現できる新海誠監督の才能は素晴らしいですね・・・。