ナポレオンの名前を知らない人はいないでしょう。

地中海の島、コルシカ。この小さな島のアジャクシオという町で1769年8月15日、ナポレオン・ボナパルトが誕生します。



8月15日というと日本では終戦の日にあたり、カトリック圏では聖母マリアの被昇天祭にあたるこの日に、のちにフランス皇帝となる彼は生まれています。

2019年はその生誕250年。アジャクシオでは様々なイベントが計画されているとか・・・。

さてこのナポレオン、フランス人なのに日本でもものすごく人気です。
様々な小説や芝居に登場し、漫画にも出てきたり・・・。

例えばベルばらの池田理代子先生がこういう漫画を描いていたり、


遠藤周作氏の小説『王妃マリー・アントワネット』でも終盤にフランス革命時の民衆を一瞥するある人物としてナポレオンが登場したり、

私がかなり前に買った図版入りの本が今なお絶版にならずにロングセラー化していたり。

なぜこんなに人気なんでしょうか。

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日本でナポレオンが人気なワケとは

防衛省のHPには「日本におけるナポレオンの人気と理解」(立川京一氏執筆)という論文が公開されていました。

これによると日本人が明確にナポレオンを知ったのは1813年とされています。
それは、蝦夷地(現在の北海道)の松前奉行所に収監されていたロシア海軍少佐ゴロウニンからの情報であった。ゴロウニンは、ヨーロッパの国で唯一、日本と交易を行っていたオランダに関する情報を日本側に明かす中で、ナポレオンに言及したのである。
その後、ナポレオンの名声は日本人の間にも徐々に浸透していったようです。

幕末から明治にかけて活躍した何人かの日本人も、ナポレオンの影響を受けている。例えば、佐久間象山や吉田松陰は自らをナポレオンと同一視して志士的活動の源とし、ナポレオンによって自分たちの行動を正当化しようとし、あるいは、ナポレオンのような人物が日本にも現れることを期待したとも言える。また、西郷隆盛は尊敬する人物の一人として、ナポレオンを挙げている。最後の将軍となった徳川慶喜もナポレオンにあこがれた一人であったと思われる。
立川氏は、日本におけるナポレオンの人気をこう解説し、論文の締めくくりとしています。
一つは、フランスの周辺に位置するコルシカ島の下級貴族の子がフランスの皇帝、ヨーロッパの覇者にまで登りつめたこと、そして、もう一つは、成功者として終わらずに、結局、敗者となり、最後は絶海の孤島で囚われの身のまま生涯を閉じたということである。
すなわち、豊臣秀吉と同じように立志伝中の人物であり、ここに何者でもない一般市民の憧れをかき立てる要素があったこと。
さらには源義経のようにやがては権勢の座を追われ、失意のうちに世を去ることとなったあたりに「もののあはれ」に通じるものが感じられます。

若者に希望を与える英雄の姿

確かに最後は皇帝を退位することになりますが、彼が一代で築いた業績は多くの若者を引きつけることになりました。

フランスの文豪スタンダール(1783-1842)はナポレオン遠征軍に参加し、のちにナポレオンのように立身出世を目指す青年ジュリヤン・ソレルを主人公とした小説『赤と黒』を書いています。

野心に燃えるジュリヤンは八月のある日、岩山に立って空を見つめます。
ジュリヤンはその巨岩の上につっ立って、八月の太陽に照りつけられる空を見つめた。岩の下方に見える野原で蝉が鳴いている。鳴きやむと、あたりが静まりかえった。足下に、はるかかなたまで田野が見渡せた。はやぶさだろうか、頭上の巨岩のあいだから飛び立って、ときおり、静かに大きな輪を描いているのが見られた。ジュリヤンの目は機械的に猛禽のあとを追った。彼は悠々と力強く舞う姿にうたれ、その力を羨み、その孤独を羨んだ。
それはナポレオンの運命だった。いつかはそれが彼の運命となるだろうか?
この簡潔で雄大な文章からは、未来へ向かおうとする、まだ挫折という言葉の真の意味を悟っていない青年の心理が描かれているといえるでしょう。

「リーダーとは、希望を配る人のことである」。ナポレオンはこう言ったと伝えられていますが、鮮烈に生きたナポレオンの姿はそれ自体が一つのメッセージであり、ジュリヤンのように多くの若者を鼓舞したことでしょう。

ナポレオンに失望した人もいる

ナポレオンより1歳だけ年下の作曲家、ベートーヴェン。すなわち2020年が彼の生誕250年であり、おそらく様々な音楽イベントがベートーヴェンにちなんで開催されるはず・・・。

彼は交響曲第3番 『英雄(エロイカ)』をナポレオンに献呈するつもりで作曲していましたが、彼が皇帝に即位したと知りおおいに失望して「彼もまた俗物に過ぎなかったか!」と楽譜の表紙を破り捨てたと伝えられています(実際のところは諸説あり)。

真相がどのようなものであれ、ベートーヴェンはこの作品の作曲を通じて「交響曲」という音楽形式に社会へのメッセージや自分の理想を込めるという手法を開拓し、同時に器楽音楽の可能性を拡大するという快挙を達成しています。



それにしても当のナポレオン自身は、自分がテーマになった曲がまさか数百年後の日本で数十人がかりで演奏されているなんて思いもしなかったでしょう・・・。
こちらの動画は小澤征爾さんの指揮、サイトウ・キネンオーケストラによる演奏です。
 

おわりに

2019年がナポレオンイヤーにあたるということは全く知りませんでした。
でも考えてみればたしかにそういう年に生まれていたはず・・・。
なぜナポレオンが日本でこんなに人気なのかと考えた時に、立川氏の論文を読んでなんとなく謎が解けた気がしました。


参考資料:立川京一氏 第35回国際軍事史学会大会発表論文「日本におけるナポレオンの人気と理解」

スタンダール『赤と黒』(小林正訳、新潮文庫)