NHKの朝ドラ『なつぞら』。
この中で渡辺麻友さんは三村茜役として出演しています。
彼女はヒロインの奥原なつに先駆けてアニメーターとして東洋動画に就職しています。

繊細なタッチが持ち味の彼女は、6月20日放送回にて放浪の天才画家と呼ばれた山下清氏について触れる場面があります。

「下山班」で昼食をともにしながら、三村茜は自分が漫画映画の制作に携わることになったきっかけをこう語ります。
「(漫画映画を作ることになったのは)私はなんとなく。短大の頃はいろんなところを放浪しながら絵を描くのが好きだった」
「山下清か」
「それで漫画映画の仕事って面白そうだなと」

山下清氏が得意とした貼絵も細密なもので知られており、三村茜のキャラクター設定と重なり合うものがあったのかもしれません。

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山下清氏の手記が示す昭和初期の時代

いま、私の手元には山下清氏自身の手による『裸の大将放浪記』があります。
この本の冒頭で、医学博士であり山下清氏の作品を広く世に紹介した式場隆三郎氏はこう述べています。

山下清は、千葉県市川市の(中略)八幡学園の出身である。その生い立ちについては、永年面倒をみて来られた八幡学園の主事渡辺実氏に概要をかいてもらった。清はこの三月十日(昭和三十年)で満三十三歳になった。

『なつぞら』で、下山班が結成されたのが昭和32年ですから、まだまだ山下清氏も実際に放浪をしていたころのことです。

清は放浪児である。彼の第一回の放浪は、昭和十五年十一月にはじまる。それからの放浪は数えつくせないし、その足あとはひろく全国におよぶ。(中略)かくて清は、今日まで学園にいる時よりも放浪の旅に暮らした期間の方が長かった。いつもリュックを一つ背負ったままの旅だから、季節と土地の関係を考えて、夏は涼しい地方へ、冬は暖かい地方へと向ってゆく。
当時すでに日中戦争が始まっており、若い男性は軒並み徴兵されてしまった時代にあって、国内では労働力が不足していました。
そうした背景もあり、山下清氏は行く先々で弁当屋だったり、魚屋などいろいろな仕事を転々としながら放浪を続けている様子が『裸の大将放浪記』に書かれています(ただし、どの仕事も途中で飽きたなどの理由で突然逃げ出したようです)。
正月頃 僕は弁当屋から逃げて行こうと思って 逃げて行ってるとちゅうで雨が降ったら困ると思って 天気のいい日に逃げて行こうと思って 大みそかの晩は星が沢山出て 僕はあしたここから逃げて行こうと思って居ました
そうこうするうちに太平洋戦争が始まります。
十二月八日の朝 日本とアメリカと戦争がはじまりました 今晩から四五日の間電気がつかなくて真っ暗になってしまいました とうとうアメリカと戦争がはじまって いよいよ日本へアメリカの飛行機が沢山入って来て爆弾を落とされる覚悟だ 今までは「ぼう空えん習」と言ってけいこがあったんだけれども 今度は本当に敵の飛行機が 日本へ入って来るので 「空しゅうだ」と言って 四五日の間夜は真っ暗になってしまいました
そしてこの戦争も数年後には本当にアメリカが日本本土へ迫り、東京大空襲を経て『なつぞら』に続くわけです・・・。

山下清氏の画風など。三村茜はどこに共感したのか

山下清氏は絵の才能が認められ、「日本のゴッホ」と呼ばれるようになります。
八幡学園でも紙細工などに才能を示していたようですが、戦後になると一段の進歩を示すようになりました。
式場隆三郎氏は、しかしその画風をゴッホに似たのは偶然の一致であると指摘しています。
印象派の作品やゴッホの作品に似たのは、決してそれを勉強したからではない。作画の心境と手法とが、偶然に一致したからである。原色の紙を貼ってゆくと、点描派のようになり、スーラに似たり、シニヤックに似たりする。ことにゴッホに似てくる。
貼絵の制作にあたっては二週間程度かけていたようで、しかも始めたらためらうことがなく「ぐんぐん貼って」いたようです。その結果、細かい作業を続けるという根気の果てに緻密かつ大胆な作品に仕上がっていた模様です。

三村茜は細かい画風が特徴ですが、もしかしたら山下清の作品を見て、着手してから完成に至るまでの緻密な技術の積み重ねに共感するような性格だったのかもしれません(もし三村茜が本当に実在する人物だったとしたら、そう感じたとしても不思議ではないかも?)。

もちろん「放浪しながら絵を描くのが好きだった」とも語る彼女には、真面目な雰囲気が漂っているだけに一つの所に縛られることなく自由気ままに絵を描けたらという願望も内心あったのかもしれませんね。

なお、山下清氏はヨーロッパに旅行に出かけたこともあり、その時はドイツ、スウェーデン、オランダ、イギリス、フランスを訪問しています。パリのムーラン・ルージュもスケッチしており、スーラを思わせる細やかな仕上がりになっています。
ちなみに飛行機に乗ってヨーロッパに行く時は「ときどきかじを下に向けないと地球の外へとびだしやしませんか」と心配していたとか。あれっ、言われてみればたしかにそんな気が・・・。


おわりに

『なつぞら』の脚本は、当時大人気スターだった鶴田浩二のことが台詞で言及されたり、成立間もない日本国憲法の条文が話題になったりと当時の様子が伝わってくるものになっています。

今回、山下清氏が言及されていましたが、おそらく制作陣は、登場人物に昭和の出来事を語らせることによって先人の歩みに対するオマージュを理屈ではなくエンターテイメントとして表現しようとしているのではないかと思いました。

物語も間もなく折り返し地点を迎えます。
これからどのようなストーリーが展開されるのか、制作陣はどんなメッセージを仕込んでくるのか・・・。引き続き注目していきたいと思います。


参考文献:『裸の大将放浪記』(山下清)、『ヨーロッパぶらりぶらり』(山下清)