作家・田辺聖子さんの訃報が伝えられました。

人生の機微をすくい取った恋愛小説や、ユーモアにあふれたエッセーで人気を集めた文化勲章受章者の作家、田辺聖子(たなべ・せいこ)さんが、6日午後1時28分、総胆管結石による胆管炎のため、神戸市内の病院で死去した。91歳だった。通夜・密葬は親族で営まれた。喪主は、弟の田辺聰(あきら)さん。後日、東京と大阪でそれぞれお別れの会を開く予定。
(https://news.yahoo.co.jp/pickup/6326255より)

田辺聖子さんの作品といえば気品と柔らかみのある文章が特徴。一流の作家ならではの含蓄と教養がにじみ出るようです。
今日のこの記事では、昔古典の先生に「読め」と言われて読んだ『文車日記』について書きとめておきたいと思います。

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田辺聖子さん『文車日記』。古典の世界への優しいいざない

田辺聖子さんは若い頃から『万葉集』『伊勢物語』から『平家物語』『日本永代蔵』を経て若山牧水、さらには明治時代に翻訳された聖書の文語体まで、様々な古典に親しんでいました。

その古典への尽きることのない愛情を朝日新聞の連載に綴ったのが『文車日記』でした。

一読してわかるように、文体は一貫して流れるような美しいリズムと優しい言葉遣いにあふれています。
文庫本で350ページを越える厚みは、紛れもなく古典への愛があったからこそ達成できたボリュームといえます。連載第1回から最終回に至るまで一貫して品のある語調で様々な作品を語るテンションが全く落ちなかったのもまさに愛着ゆえでしょう。

古典の先生が私たち(当時の)生徒に「読め」と言ったとき、この本の刊行から20年以上が経過していました。そこからさらに月日は流れ、2019年現在も書店に並んでいるロングセラーでもあります。

柔らかみのある文章にひそむ含蓄と古典への愛に感動する一冊

この本は記紀神話から若山牧水の歌まで時代順に配列されているわけではありません。
1エピソードは数ページに収まる長さなので、どこから読んでも構いません。
しかしどのページを開いても次のように柔らかく含蓄のある文章に出会うことができます。
白き鳥になったヤマトタケルは、何千年の昔からの人々のあこがれが凝縮した、美しい夢だったのです。妻を恋い望郷に涙し流浪する人々の心の歌だったのです。
「見るべきほどのことは見つ」――知盛は死にのぞんで、ゆくりなく、宇宙の大きな意志をかいまみたのでしょうか。死も生も一如、知盛はほほえんで死んだにちがいありません。
いま、関門海峡には大きな橋がかかりました。八百年の昔、この下の海で「見るべきほどのことは見つ」とつぶやいた人の思いを秘めて、潮はとどろと渦巻いています。
ここには日本が培ってきた長い歴史に思いをはせ、人々の果てしない営みの積み重ねに対する心からの尊敬の念が感じられます。
もしかすると古典の先生が私たちにこの本を推薦したのも、古文の授業や受験に役立つからという実利的な面もさることながら、自分の後に続く世代に「私たちの歴史」というバトンを手渡そうとしていたのかもしれません。

当時高校生だった私は大人のそんな思いに気づくはずもなく、それから何年も経過して当時のことを思い出した今、次の世代に思いを託そうとこうした文章を書き綴っています。


田辺聖子さんが愛した国、日本

『文車日記』のあとがきにはこう書かれています。
古典の世界は、ゆたかで奥ふかく、変化に富んでいます。私たちはおびただしい古典の中で、きっと、自分の人生にとって必要なものとめぐりあうことができます。
民族遺産としてこんなすぐれた古典を多くもつ日本という国は、何というすばらしい国でしょう。私は母国・日本をとても誇りに思い、また好きです。
この言葉に付け加えるべきものは何もないでしょう。『文車日記』という作品があるおかげで誰にも古典の世界が身近なものに感じられるようになり、こうして世代を越えて古典が脈々と息づき、歴史が紡がれてゆきます。
沢山の素晴らしい作品を残してくれた田辺聖子さんに心より敬意を表し、またご冥福をお祈りします。


参考文献