2019年5月25日(土)、四谷の紀尾井ホールで開催されたヴァイオリニスト・川畠成道(かわばたなりみち)さんの演奏会に足を運びました。

川畠成道さんは幼い頃薬害により視力のほとんどを失いましたが、その後父親の手ほどきにより障害を乗り越えてヴァイオリンを習得。
桐朋学園大学、そして英国王立音楽院での研鑽を経て1998年にプロデビュー。
以後、20年あまり社会の第一線を走り続けています。

川畠成道さんはチャリティイベントにも熱心に参加したり、著作が国語の教科書にも採用されたりと社会派な一面も知られています。

その川畠さんの演奏会について感想を記しておきたいと思います。

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川畠成道さんの演奏ににじむ「父親としての優しさ」

このときの演奏会は「グランドファミリーコンサート」というもので、家族そろって楽しむことができるよう、プログラムにも馴染み深い名曲が取り入れられていることが特徴でした。毎年このシリーズは5月に開催されています。(この他に無伴奏シリーズなど、リサイタル内容にそれぞれ特色をもたせる工夫がなされています。)

私が聴いた演奏会では、モーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ第28番」、エルガーの「愛の挨拶」、ドヴォルザークの「わが母の教え給えし歌」、バッハ/グノーの「アヴェ・マリア」など家族や妻、聖母マリアへの思いがにじむ曲をプログラムに取り入れていました。

川畠成道さんは数年前に父となり、お子さんはオーケストラの様子がTVに映ると「パパ」と言うようになったとか。なぜかお酒のビンを見ても「パパ」というようになったとも・・・。(と、以前のコンサート中に語っていました。)

こうしたプログラムを借り物ではなく実感を伴って演奏するようになったことは、川畠成道さんのヴァイオリニストとして、また父として歩んできた道のりを音楽的に表現したものであり、人としての成熟を端的に示したものではなかったでしょうか。

端正かつ柔和さもうかがわせるヴァイオリン

川畠成道さんの演奏会に何度も足を運んでいるうちに気づくのは、やはり音楽にはその人の人柄が反映されるということです。

同じバッハでも情熱的なバッハだったり、哲学的なたたずまいのバッハだったり、ずいぶんと鋭角的で挑戦的な様子だったり・・・。

川畠成道さんの場合、端正さと柔和さが同居している、不思議な安らぎがあるのが特徴だと思います。
こればかりは言葉で表現しづらいので現場でお確かめいただくしかないのですが、バッハの無伴奏ソナタであれ、モーツァルトであれ、十八番の「アヴェ・マリア」であれ、すべての音に柔らかみが感じられます。

この日の演奏会でも取り上げられたチャイコフスキーの「なつかしい土地の思い出」しかり、「アヴェ・マリア」しかり、アンコールでのクライスラーの「ロンドンデリーの歌」しかり、演奏会のテーマがまさに家族のためのものであると言うに値する、温かみのある表現がなされていたと思います。

専門的なお話をすると、左手の音程のとり方もさることながら右手を使っての弓使いになにか秘訣があるのでしょうか・・・。弓使いはまさにヴァイオリニストにとっての個性を表現するための企業秘密のようなものですが、右手の力の入れ方、抜き方、スピードの変化に独特の秘訣を会得しているのかもしれません。(もちろん詳しいことはわかりません。ただただ音色に感心するばかりです。)

この柔らかみは、例えるならば「昭和の厳父」ではなく「息子の成長を静かに見守る平成の(令和の)優しい父」といったところになるでしょうか・・・。
といってもこれも言葉では伝わりにくいので、コンサートホールで体感していただくしかないのですが・・・。

おわりに

やや抽象的な表現が続いてしまいましたが、川畠成道さんは2019年現在47歳ということもあり、これからますますヴァイオリニストとして円熟を深めてゆくことは間違いないでしょう。
年に数回定期的にリサイタルを開催しているほか、地方都市でも演奏会を行っているようです。
機会があれば聴きに行って後悔するということはまずないはずです。
私自身も引き続き川畠成道さんの活躍に注目していきたいと思います。


補足:CDも多数リリースされています。私自身としてはバッハの無伴奏ソナタとパルティータが柔和さと端正さのバランスの取れた、川畠成道さんらしい演奏だと思います。

バッハの無伴奏が渋すぎるという場合は、映画音楽集(モリコーネなど)も発売されています。このCDに収められた「スマイル」(チャップリン作。マイケル・ジャクソンがこよなく愛したことでも知られる)も素晴らしい演奏になっています。

また、こちらの本では川畠成道さんの人柄がうかがわせる素晴らしい一冊となっています。「演奏家として、ひとりの人間として、一生勉強し、少しずつ、最期の時まで成長していきたいと思っています」。芸術家としての抱負をこのように語っています。