NGT48を卒業した山口真帆さんがこのたび研音に所属することになったとの報道がありました。
言うまでもなく、研音は所属している俳優・女優といった人材を使い捨てるのではなく、長期的にじっくりと育てていくスタンスで知られている良心的なプロダクション。
私としては、彼女が自らにふさわしい居場所にたどり着くことになり心から喜びたいと思います。

と同時に、彼女の古巣であるNGT48というグループの迷走を見るにつけ、アイドルとはなにか、ひいては職業を選ぶうえで大切なものは何かということを考えるにあたって重要な示唆を与えられた思いがしました。

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どのような技術も、志や愛には勝てない

今回のことは、山口真帆さんがファンと称する男性から暴行を受けたことが直接の始まりでした。
運営会社の対応に不満を感じ、事件が発生したことをSNSなどで公開。
その後の運営会社の対応のまずさから山口真帆さんと彼女を支えるメンバー、そして運営会社との対立は深まり、5月18日をもって山口真帆さん、長谷川玲奈さん、菅原りこさんはグループに背を向けました。

1週間後の本日、山口真帆さんは研音に所属することを発表。
今年1月8日に暴行被疑事件を明らかにして以降、一連の騒動を受けて山口の知名度は急上昇した。事件を明らかにした当時は3万人ほどだったツイッターのフォロワー数も、現在28万人超えと9倍以上に増加。騒動の広がりとともに、世間からの同情やエールなどの後押しもあり、卒業発表前後から、複数の芸能事務所が興味を示していた。

山口は6日に行った最後の握手会や、18日の卒業公演でのあいさつでも、芸能活動の継続を明言していた。関係者によると、研音はいち早く山口の動向に注目していたという。卒業後に、研音側との話し合いをへて、今日25日付で所属が決定。山口はかねて、モデル業に興味を示していたとされるが、女優、タレントとしても幅広く活躍が望める同事務所と、思惑が一致したとみられる。
(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190525-05240785-nksports-entより)

運営会社の方針に背いてまで嘘を告発し、あくまでも真実を貫こうとする山口真帆さん。
この姿勢が広く共感を読んだことが今回の契約の背景であったことは間違いないでしょう。
自らのキャリアが断たれるリスクを冒してまでそのようなことをしたのはなぜか。
それは、グループの年長者として後輩たちに同じ目に遭わせるわけにはいかない、たとえ自分がアイドルとして引退することになったとしても、それだけは守らなくてはならない――そうした、自分の後に続く後輩たちへの深い愛であり、いやしくもアイドルを名乗る以上、たとえ私的な領域であっても公明正大でなくてはならないという信念ゆえではないでしょうか。

アイドルという職業上、ファンを獲得するために様々なテクニックが使われていることはTVなどでも紹介されており、ご存知の方も多いはず。
そして、そうしたテクニックに長けたメンバーが(一時的にであるにせよ)人気を博することが多かったのも否定しがたい事実ではないでしょうか。

しかし今やどうでしょう。自分の志を貫いた山口真帆さんが芸能界の中でもひときわ格の高い研音に所属することになり、うわべを取りつくろうことに長けた人たちが、芸能生活の継続が危ぶまれるほどの批判を受けることになろうとは・・・。

一連の騒動は、どのような人気を得るためのテクニックといえども、志や愛には勝てないということを示唆しているようで非常に興味深いものだと思います。そしてこのことはアイドルに限らず、あらゆる職業においても「働く」にあたっての普遍的原則ではないでしょうか。

なお、技術は志や愛に勝てないことの傍証として吉川英治『宮本武蔵』の終幕の文章を引用したいと思います。物語の終わりに、武蔵は佐々木小次郎と巌流島で雌雄を決することになりました。激しい戦いの末に武蔵は佐々木小次郎をついに下します。そして武蔵の心にはある思いが去来するのでした。

剣を把っての強さ――単なる闘士としては、小次郎は、自分より高い所にあった勇者に違いなかった。そのために、自分が高い者を目標になし得たことは、恩である。
だが、その高い者に対して、自分が勝ち得たものは何だったか。
技か。天佑か。
否――とは直ぐいえるが、武蔵にも分らなかった。
漠とした言葉のままいえば、力や天佑以上のものである。小次郎が信じていたものは、技や力の剣であり、武蔵の信じていたものは精神の剣であった。それだけの差でしかなかった。
(引用内の強調は私によるものです。)

この戦いに至るまでに、乱暴者だった武蔵は様々な経験を経て人間的に円熟を深めてゆきます。その武蔵は自らの心を剣に託したのでした・・・。

人気や名声は社会からの借り物

今回の一連の事件、特にあるメンバーが山口さんを中傷(しかも継続的に)していたことが強く疑われるSNSの投稿を巡る報道から私なりに引き出した教訓があります。
それは、人気や名声はあくまでも社会からの借り物にすぎず、その人固有の財産ではないということです。

NGT48について言えば、新潟という地名を使っている以上、応援してくれる地元の人々の思いを背負って活動しているという深い自覚が必要となるはず。
たとえば大きな災害が発生した場合、被災者を訪ねて励ましを与えるのもアイドルの大切な役割ですが、誰かを勇気づけられるのは「多くの人が応援しているあの芸能人が、わざわざ私の所まで来てくれた」という思いが受け手の側にあるからこそ。

つまり芸能人である「わたし」が誰かに勇気を与えられたのは「わたし」に力があったからではなく、多くの人が「わたし」を信じて思いを託してくれたからです。「わたし」のものだと思っていたその「力」は、じつは「多くの名もなき人たちの力」ではないのでしょうか。

しかし人気が高まるにつれて、いつの間にかこれがわたしの力と過信するようになったのでしょうか。もちろんこれは人の心の問題なので詳しいことはわかりません。また、ブログで個人を長々と批判することは本意ではないのでこれ以上の言及は差し控えます。

なお、「没落してゆく民族がまず最初に失うものは、節度である」という19世紀オーストリアの作家、シュティフターの言葉があります。
この言葉は単にアイドルグループの知名度の増減にとどまらず、「民族」という言葉を国家なり企業なり芸能人なりに置き換えてみれば普遍的な重みがあることをお分かりいただけるかと思います。

大人への河を渡る難しさ

以上のように一連の事件を自分なりに咀嚼してみて思ったのは、芸能界という特殊な業界に身を置きながら大人に脱皮してゆくことの難しさでした。

普通の少年少女でも、大人になることは大変な葛藤を伴います。目に見えない山を越え、河を渡り、その過程で思いやりや感謝、嫉妬、悲しみといった情緒を培いながらどうにかこうにか大人になってゆくものではないでしょうか。

ましてや芸能界という業界に所属していると、子どもの心では理解できないような事態に見舞われることが多々あるはずです。
芸能界という人間の様々な感情や打算が渦巻く世界に、多感な年代の子どもが交じる・・・、これが「アイドル」の難しさであり、だからこそ周りの大人たちが万全を期してサポートに努めなくてはならなかったのです。
残念ながらNGT48というグループはこうしたことを踏まえてのマネジメントに完全に失敗したという点で、芸能史に汚点を残したと言わざるを得ないでしょう・・・。

おわりに

以上、急いで書いたのでややとりとめのない構成となりましたが、山口真帆さんを巡る一連の問題について私なりの考えを書かせていただきました。
彼女の今後のためになる決定がなされたことは非常に喜ばしいかぎりですが、この結末に至るまで多くの涙が流されたことは忘れてはなりません。
私としても今後の彼女の活躍に心を寄せ続けていきたいと思います。