すでに広く報道されている通り、NGT48のメンバーであった山口真帆さん、長谷川玲奈さん、菅原りこさんの卒業公演が2019年5月18日に行われました。

私もこの公演をオンデマンドでタイムシフト視聴し深い感動を覚えました。
アイドルたちの音楽やダンスをパフォーミングアーツととらえるなら、この公演をもって「アイドル」がなしうる表現の一つの頂きだったと言えると思います。
本日はこのことについて記事化しておきます。

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悲しみをおくびにも出さず、明るい曲調に徹す

暴行事件とその後の顛末から卒業を決断した山口真帆さん、長谷川玲奈さん、菅原りこさん。
運営会社へ言いたいことは山ほどあったはずですがそのことは触れず、「ファースト・ラビット」や「ウィンブルドンへ連れて行って」など王道アイドルとも言える作品を多く取り入れ、お客さんを楽しませようという気遣いが感じ取れます。
(さらには、恨みつらみを長々と述べるようなことはせず、胸をかきむしりたくなるような曲である「黒い羊」でしっかりと言いたいことをパフォーマンスに昇華していますね。)

このことは、アイドルとは何かという問いに対する彼女らなりのひとつの答えではないでしょうか。つまりアイドルはお客さんを笑顔にし、その背中をそっと押すのが役割だと・・・。

アイドルの音楽が伝えるメッセージとは

このコンサートのアンコールの部分は涙なしに見ることはできません。音楽とは、パフォーマーと観客の感情共同体を作り出すことができる表現手段であるということを改めて思い出させます。
彼女たちの声は上手い下手、音程がどうといった次元の話ではなく、心の底から湧き出た真に迫った響きがあり、これからも昭和、平成、令和を概観したアイドル史を語るうえで必ず言及されることになるものだと言っても過言ではないでしょう。

国際的に活躍するピアニスト・内田光子さんはある知人にこう語ったそうです。
「演奏とは、聴き手の時間の“質”を変える行為。その時の記憶が終生あなたの脳裏から消えないなら、私はあなたの人生の“何か”を変えたことになるのです」

彼女ら3人が舞台で見せた姿も、私たちの記憶に長くとどまり、アイドルとは何かを考えるときの一つの理想型として刻まれることでしょう。

私なりの考えとしては、彼女らが舞台で見せた姿は「青春」という言葉を具現化したものではなかったでしょうか。
辛いことも仲間同士で支え合い、一つの目標に向かって切磋琢磨し、やがてそれぞれが別の道を歩み始める・・・。こんなきれいな「青春」はドラマの世界にしか存在しないはずでした。私はそう思っていました。

アートというものを、絵の具や音符、自分の肉体などの素材をつかって「別の何か」=メッセージを表現するものだと考えるならば、そしてアートの価値がメッセージの質と量によって評価されるならば、この夜に3人が舞台でパフォーミングアーツという形で私たちに示したものは「青春」であり、言い換えるならば若い命が未来へ一心に向かおうとする輝きを示したものであり、誰もが20歳前後に一度だけ通ることのできる道のりを美しく表現したという点で普遍的な価値を獲得していると思います。
(世の中にはこうした表現を「たかがアイドル」と蔑む人がいるが、もったいない!)

NGT48というグループは自らの愚かな選択で貴重な人材を一度に3人も失うことになりましたが、将来性ある人材がより広い世界へ船出してゆくのはむしろ当然のことです。

こうしたパフォーマンスがなされ芸能史の一ページを彩ったことは間違いありません。
しかしこのきっかけとなった悲しい出来事は二度と繰り返してはならないもの。

この事件によってもたらされた心の傷は一時の慰めの言葉などで癒えるものではなく、関係者が同じ悲しみを繰り返さないという固い決意(運営会社にそれがあるのか不明ですが)を示し、彼女らを支えたいと思う一人ひとりのファンが長く心を寄せていくことしかありません。

一人ひとりは孤独なように見えても、社会の一員として私たちはどこかでつながっています。彼女らは自分が活躍する姿を公に見せることで少しでも多くの人を励まし、勇気を与えるのだと自覚したがゆえに、芸能活動を続けるという決断を下したのだと思います。
社会の善意が山口真帆さん、長谷川玲奈さん、菅原りこさんの追い風となり、今後ますますご活躍されますことを心よりお祈りいたします。




山口真帆さん写真集『Present』の感想。未来に目を向けた時、人は変われる。