日本の会社で働いていると、定時に仕事が終わったのに、帰ることに対して後ろめたさや罪悪感を感じてしまうことがあります。

なぜそういうことを感じてしまうのだろうと私は常々思っていましたが、自分なりに、その理由はこれではないかと思い当たることがありました。
今日はそのことについて記事にしてみたいと思います。

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なぜ仕事が終わったのに帰ることに後ろめたさを感じるのか

少し前に私は『シャーデンフロイデ』(中野信子)という本を読みました。「シャーデンフロイデ」とは、他人を引きずり下ろした時に生まれてしまう感情のこと。いわば「メシウマ」のことを言います。
成功した人のささいな失敗をネットで糾弾し、喜びに浸ることがまさにそれです。(この本は最近読んだ本の中でも抜きん出て目からウロコでした!)

この本によると、他人の失敗を喜ぶ感情の根幹には「オキシトシン」という脳内で分泌される物質が関わっているそうです。オキシトシンは母子間の愛情など人と人の愛着を形成するために必須のもの。
しかし最新の研究では、その裏返しとして妬みの感情も高めてしまうことがわかりました。

この本には、なぜ仕事が終わったのに帰ることに後ろめたさを感じるのか、ヒントが盛り込まれているように思えました。

オキシトシンが生み出す絆

何かに対する愛着を脳が感じるとき、オキシトシンはその感情形成に寄与しているようです。
一方で、何かの絆が断ち切られようとするときに「私たちの共同体を壊さないで」とばかりに憎しみの感情も生み出してしまうようなのです。つまり愛と憎しみは表裏一体であり、毒親が生まれてしまう理由もこのあたりにあります。

個人よりも集団を重んじる価値観

『シャーデンフロイデ』では、災害大国日本においては伝統的に個人よりも集団を重視する性質が選択的に残される淘汰圧が働いたのであろうと書かれています。
個人の都合よりも社会の都合を優先することが美徳であるコミュニティでは「協調性の高さ」が評価の尺度となります。

これを「向社会性」といいますが、この傾向が強い日本では合理的判断よりも集団的協調が重んじられ、つまりは空気を読むこと、忖度することが重視されます。
事実、日本では自分で意思決定することを楽しいと感じる人が27%しかいないとのこと。(東アジアではおしなべてこの傾向がある模様。欧州では60%が自分で意思決定をしたい傾向が見られたようです。)

このような高い協調性が求められる社会では、誰かの不正や抜け駆けに対して非常に厳しいペナルティを課すことになります。
すなわち、出る杭は打たれるのであり、そのことをあなたは知っている。あなたがそのことを知っているのをAさんも知っていることをBさんも知っていることをCさんも知っている(中略)ことをZさんも知っている・・・。というわけで暗黙知としてそのことが共有されています。
いわば「同調圧力」です。

不謹慎狩りが起こる理由

たとえば災害発生時などに芸能人がSNSにアップした写真を見つけて「不謹慎だ!」と炎上する光景は珍しいものではありません。

あなたが誰かをバッシングしても、あなた自身が得られる利益は0円。得るものはないのにバッシングする理由は、社会的にその必要性が高いからです。不謹慎な人物を排除し、社会的安定性をキープすることが必要だと脳が検知している(この根底にあるのが前述のシャーデンフロイデ)からこそこのような行動を取ってしまうのです。

これも同調圧力の一種だと思われます。

仕事が終わって帰るのが後ろめたい理由

こう書けばもうお分かりでしょう。仕事が終わって帰るのが後ろめたいのは、会社という共同体の和を見出しているからであり、心の底で集団のモラルに反するからだと気づいているからです。

(有給取得率が低いのも同じ理由でしょう。

『シャーデンフロイデ』によると日本人はセロトニンという物質の分泌が世界的にみても極めて少なく、何かを間違うことに対して極端な恐れを感じる傾向があるようです。

こうなると「集団のルールを守るべきだ」という規範意識がものすごく強くなり、上司から「自分の仕事が終わったら周りを手伝え」「有給は取らなくて当たり前」と言われなくても忖度のネットワークに自ら絡め取られることになります。

「およげたいやきくん」「サイレントマジョリティー」がヒットした理由

こう見ていくと、「およげたいやきくん」や(おそらく「およげたいやきくん」の壮大な焼き直しであろう)「サイレントマジョリティー」がヒットした理由がなんとなくわかる気がします。
私たちは「会社」なり「学校」という共同体が生きていくうえで必要だとは分かっていはいるものの、内心必ずしも愛着を感じているわけではない、しかし簡単に手放すことができない・・・、そうした心情があるのでしょう。



しかも皮肉なことに、日本人は世界各国と比べて「会社が大嫌い」で労働生産性も極めて低いのです・・・。(ご参考:ダイヤモンド誌橘玲氏記事日本人は「会社が大嫌い」で「会社のことを信用していない」
それなのに会社に生活を依存しているなんて、そりゃ「サイレントマジョリティー」を聴いてガス抜きもしたくなるでしょう。

ましてや日本の社会は終身雇用がこれまで一般的であり、レールが1種類しかなかったわけですから、会社で失敗する=生活を直撃することになるので、周りに合わせることが至上命題になります。
嫌いなのに依存してしまうのは、どことなく『ロード・オブ・ザ・リング』でゴラムが指輪を手放したくても手放せない姿となんとなくだぶります。

ただし最近になり経団連会長なりトヨタ自動車の社長なりが終身雇用の維持に否定的な発言をするなど、終身雇用の終わり=様々な働き方=レールの複線化への兆しが見られるようになりました。

この記事で書いたような「早く帰りづらい」のは育児や介護の妨げにもなりますから、各個人のライフスタイルに沿った様々な働き方が認められる社会となるよう願ってやみません。

おわりに

最後に私はどうなのかということについて触れておきたいと思います。

私は・・・。

「友だちいない研究所」などとブログに名付けてしまうほど集団行動が向いていないらしく、自分の仕事が終わるとほんとにさっさと帰ってジョギングに出かけてしまいます!(いや、仕事しているより一人で黙々と走ってるほうが私にとっては充実した人生なので・・・。)
あまりに徹底して仕事が終わるとさっさと帰るので、しまいには後輩が管理職に抜擢され私はヒラのままです! 勤め先からみても「使いづらい奴」だったのでしょう! \(^o^)/オワタ