以前私が書いた記事にはこのようなものがあります。


NHKの番組で荒井さんのことが紹介されたときは、この記事は1日に千人近くの方にお読みいただきました。

さてこの記事に「荒井里桜 使用楽器」という検索ワードでたどり着いている方もいらっしゃるようです。

というわけで今日は荒井さんが2019年4月時点で使っている楽器「ガダニーニ」について私の知っていることをまとめておきたいと思います。
(私自身もヴァイオリンを弾いているため、つい誰がどんな楽器を使っているのかどうしても気になるのです・・・。さらにはどんな弓や松脂を使っているのかなどと気になり・・・。なんともマニアックな・・・。)

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荒井里桜さんの使用楽器、ガダニーニ。どんな職人で、作風は?

荒井さんが弾くヴァイオリンはガダニーニという職人により製作されたようです。

めぐろパーシモンホールのHPには荒井さんのプロフィールについてこう書かれています。
2017年、第15回東京音楽コンクール弦楽部門第1位及び聴衆賞。
2018年、第87回日本音楽コンクールバイオリン部門第1位、併せてレウカディア賞・鷲見賞・黒柳賞を受賞。(中略)
現在、堀正文、玉井菜採の両氏に師事。平成29年度東京藝術大学宗次徳二特待奨学生。使用楽器は、一般財団法人I T O H より貸与されているJ.B.Guadagnini1779年製。
(出典:https://www.persimmon.or.jp/performance/sponsored/20190331115947.html)

ではJ.B.Guadanini(ガダニーニ。イタリア語式表記か英語式表記かでJ.B.だったりG.B.だったりする模様。日本語でもガダニーニと書かれたり、グァダニーニと書かれたりまちまちです)とはいったいどんな人物なのか・・・。

ジョバンニ・バティスタ・ガダニーニ(1711-1786)は、イタリアのクレモナ出身。
彼はまず父であるロレンツォからヴァイオリンづくりを学びました。
その後父に劣らずヴァイオリン製作の才能を開花させ、イタリア各地を転々としながら様々な街で職人として活躍します。

これは今で言う「ノマドワーカー」というやつでしょうか。
しかも厄介なことに、街から街へと引越しのたびに作風をチェンジしているため、鑑定が難しいことでも知られています。

ガダニーニを語るうえで避けて通れない「芸大事件」

私が生まれるよりも前のことになりますが、東京芸術大学・海野義雄教授が収賄の罪により逮捕されたという事件がありました。1981年のことです。
これは、東京芸術大学が購入したヴァイオリン「ガダニーニ」が偽物ではないかという疑いが起こったことに端を発するものです。
バイオリンを名器と見せかけるため、米国のバイオリン鑑定書を偽造していた楽器販売会社の社長らが東京地検特捜部に逮捕された事件余波で、東京芸術大学所有の十八世紀イタリア名器「ガダニーニ」の弦が震えている。

ことのおこりは、芸大がこの会社から鑑定書付きの高価なバイオリンを購入したことから。芸大は「本物にまちがいない」としているものの、偽鑑定書付きのニセ名器が同社からかなり大量に出回っているとみられ、音楽業界の中では「芸大のはニセ物」とのウワサが急速に広まりつつある。
(毎日新聞1981年11月28日)

この事件で逮捕者が出るとはどういうことでしょうか。引き続き毎日新聞の記事を引用します。
調べによると、海野は芸大教授として同大が購入する楽器の選定や価格評価を担当していた(昭和)五十四年一月下旬ごろ、神田(楽器商)が同大に売り込みに来たバイオリン「ガダニーニ」の購入にからみ、選定などに有利なとりはからいをした謝礼として、自宅で時価八十万円相当のバイオリンの弓一本(ビネロン製作)を受け取った疑い。
(毎日新聞1981年12月8日夕刊。カッコ内補足は私が行いました。)

実のところ、楽器販売にあたり、リベートという習慣は当時は普通に見られた光景でしたが、検察はそのような教育や音楽とカネの結びつきを断ち切りたいという狙いがあったのかもしれません。
結局海野教授は東京芸術大学を去り、活動拠点をパリに移すことになりました(のち帰国。2005年~2011年まで東京音楽大学長を務めました。)

また、偽の鑑定書の件でも、確かにそのとき東京芸術大学に提出された鑑定書は偽物だったかもしれませんが、そもそも古いヴァイオリン=骨董品は偽物が紛れ込んでいることは業界の常識であり、また鑑定書も「私の意見では・・・」で書き起こされるのが通例で、断言まではしていないものです。

「開運! なんでも鑑定団」の中島誠之助さんの『ニセモノ師たち』という本には骨董品売買におけるニセモノの横行が語られていますが、同じことが古いヴァイオリン(19世紀以前)の販売にも当てはまります。

さらに、ガダニーニが作風をコロコロと変える職人だったことも鑑定のややこしさに輪をかけています。
東京芸術大学の調査委員会に呼ばれたヴァイオリン製作・修復職人の中澤宗幸さんはこのように述べています。
(ガダニーニは)鑑定をするのが非常に難しい楽器です。(中略)私は芸大の調査委員会に呼ばれ、「私の意見では」とグァダニーニとしての価値がある楽器だと思うと申し上げました。グァダニーニと知らされずにその楽器を見たとしても、ひと目でコンディションのいいオールドだということはわかりました。その後も真贋論争は二転三転しましたが、最終的には本物であるという結論になり、騒ぎは収束していきました。

このように鑑定家泣かせの名器のようです。

ガダニーニの性能や価格は

ガダニーニのヴァイオリンは、ストラディヴァリウスやガルネリを頂点とするとそのすぐ下にベルゴンツィやオモボノ・ストラディヴァリ、ピエトロ・ガルネリが来ており、その下にガダニーニが来るという位置づけになります。(出典:神田侑晃『ヴァイオリンの見方・選び方 応用編』より。私が持っているのはせきれい社版ではなくレッスンの友社版(旧版)です。)

気になる価格ですが、上記書籍の出版当時である2002年に5000万以上1億円未満とされています。
それ以後もオールドヴァイオリンは値上がりを続けているため、2019年現在ではもっと高くなっているものと思われます・・・。
ちなみに現在ではストラディヴァリウスは推定価格10億円程度で取引されています。日本音楽財団が東日本大震災復興資金捻出のために売却したストラディヴァリウス「レディ・ブラント」は12億円という値段がつきました。

こんなのは宝くじに当選しないと手が届くものではないですよね・・・。
だからこそ、将来有望な若手ヴァイオリニストには名器を貸与する仕組みが財団法人なり篤志家なりメセナに熱心な企業なりによって整備される必要があると言えるでしょう。

他にもガダニーニを使っているヴァイオリニストはいるの?

私が知るところでは少なくとも二人います。

一人目は、川畠成道さん。
私は一九九二年から、一七七〇年作のガダニーニを使っています。(中略)この楽器と出会ったきっかけは、日本で学生生活を送っていた時、たまたま楽器店のパンフレットで見つけたのが始まりです。

いま一人は、チャイコフスキー・コンクールに挑戦する前の諏訪内晶子さん。
チャイコフスキー・コンクールの前まで、私はグァダニーニのヴァイオリンを使っていた。一七〇〇年代後期にイタリアで製作された作品で、それなりに良い楽器だったと思う。
(出典:諏訪内晶子『ヴァイオリンと翔る』

諏訪内晶子さんはその後ストラディヴァリウスに楽器を変更し、チャイコフスキー・コンクールで一位を勝ち取ります。さらにその後で日本音楽財団から別のストラディヴァリウス「ドルフィン」を貸与されています。

おわりに

18世紀イタリアの名器ガダニーニについてざっとまとめてみました。
荒井里桜さんが使っているガダニーニも、以前は別のヴァイオリニストが使っており、荒井さんを経てまた次の世代へ受け継がれてゆくことでしょう。

名器ガダニーニを使って荒井さんは今後どのようなご活躍をされるのでしょうか。
すでに日本音楽コンクールで1位に輝いていることから、その才能と将来性は証明済み。さらに海外コンクールを目指すのか、それともプロとして様々なオーケストラとの共演や室内楽に挑むのでしょうか。
明後日には元号が平成から令和に改まりますが、新しい時代に若い才能が大きく羽ばたくことを願ってやみません。