2019年4月13日(土)、テレビ東京でも取り上げられることとなっている、ニコライ堂。

これは御茶ノ水駅を出てすぐのところにあるロシア正教会の聖堂です。

1891年に竣工したこの聖堂は御茶ノ水の景観に溶け込み、今なお名所として多くの人が訪れています。

いまからおよそ80年前、ニコライ堂を頻繁に訪れた学生がいました。

ニコライ堂


ある夜学生は、御茶ノ水の中心にそびえるニコライ堂を頻繁に訪れた

その学生は田辺利宏といいます。1915年岡山県に生まれ、成績優秀であったため大学進学の機会に恵まれました。神田の帝国書院に勤めながら法政大学商業学校(夜間)を卒業。その後日本大学法文学部文学科(英文学科)卒業。

1939年には広島県福山市の女学校に就職し、国語と英語を教えていましたが日中戦争のため入営。
1941年8月、中国の江蘇省北部で戦死。

彼は過酷な戦場のなかでいくつかの詩を残しています。代表作「夜の春雷」は『きけ わだつみのこえ』にも収録されています。

その田辺は、学生時代に足しげくニコライ堂に通っていたようです。彼が学生のころに書いた詩をここにご紹介させていただきたく思います。
(注:この方は私の親戚にあたります。墓前に立つたび、惜しい人を亡くしたと思います。)


   橋にもたれて

たそがれの白い橋の上で
俺は煙草をふかす。
強い南風が
髪と煙を吹きまくる。
俺はさっきから
ニコライの晩鐘を待ってゐるのだ。
あの鐘のやうに
俺の心をゆすってみたいのだ。
冷たい橋にもたれて
恋人を待つやうに
鐘をまってゐるのだ。
(1938年10月。出典『夜の春雷 一戦没学徒の戦線日記』田辺利宏 信貴辰喜・編、未来社)

文中の「橋にもたれて」とは、おそらく聖橋であろうと思われます。
この橋にもたれながら、田辺は夕べの祈りの鐘の音を待って佇んでいました。

敗戦ののち、日本は復興を遂げ数十年にわたる平和を享受することができました。
間もなく終わりを告げる平成の時代は日本人が戦争を経験することがありませんでした。
奇跡的に空襲を免れたニコライ堂は、その歴史の流れを見守り続けた貴重なモニュメントとなっています。

私自身は御茶ノ水を訪れるたびにかつてニコライ堂を訪れた遠い親戚がいたことを思い出し、平和の尊さについて考えを巡らせます。

皆様ももし御茶ノ水にご用事がありましたら、ぜひニコライ堂にも足をお運びください。東京の中心にも静謐な祈りの場が残されていることは、文化的にもまた歴史的にも非常に価値のあることと言えるでしょう。