2019年4月に放送開始となったNHK連続ドラマ『なつぞら』。

第4話での草刈正雄さん扮する柴田泰樹のセリフが反響を呼んでいるようです。

そのセリフとは――。

「ちゃんと働けば報われる」「逃げ出せばいい」。その言葉の背景には?

帯広の菓子屋「雪月」で、泰樹はアイスクリームを食べながらなつに語りかけます。

「それはお前が搾った牛乳から生まれたものだ。よく味わえ。ちゃんと働けば、必ずいつか報われる日が来る。報われなければ、働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げ出しゃいいんだ。
だが一番悪いのは、人がなんとかしてくれると思って生きることじゃ。人は、人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるものじゃ」

このセリフは非常に実感を込めて語りかけられており、小学生への言葉というよりもむしろすべてのサラリーマンに向けられたものとも言えるでしょう。(最近の「働き方改革」を意識してセリフを書いたのでしょうか?)

「そんなとこはとっとと逃げ出しゃいい」は、ハンガリーのことわざ「逃げるは恥だが役に立つ」にも通じる考えではないでしょうか。

「逃げるは恥だが役に立つ」とは、つまり「戦う場所はちゃんと選べ」という意味で、ビジネス的に言うならばどのマーケットで勝負するかしっかり考えましょう、どこに身を置くかはちゃんと選びましょうということになります。


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明治のベストセラー『自助論』にも通じる泰樹の言葉

「人がなんとかしてくれると思って生きることじゃ。人は、人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるものじゃ」については、スマイルズの名著『自助論』(『西国立志編』)に盛り込まれたエピソードの数々を思い出してしまいました。

この本は明治時代に『学問のすすめ』と並んで日本でも大ベストセラーとなりました。
アダム・スミスやニュートン、シェークスピア、ベートーヴェンなどの成功例を多く掲載しており、「天は自ら助くる者を助く」の言葉から書き起こされています。

自分の勉強不足を棚に上げて「あの先生は教え方が悪い」と言っている子供は、大人になっても「課長の調整力が足りない」「社長の経営センスが悪い」「政治家が悪い」など誰かのせいにしがちなものです。

他方で『自助論』は「自助の精神は、人間が心の成長を遂げるための礎である。自助の精神が多くの人々の生活に根付くなら、それは活力にあふれた強い国家を築く原動力ともなるだろう。外部からの援助は人間を弱くする。自分で自分を助けようとする精神こそ、その人間をいつまでも励まし元気づける」との言葉で始まり、自らの努力こそが成功の秘訣であるとこの本のエッセンスを述べています。

おそらく明治生まれであろう泰樹の言葉は、『自助論』にも通じる考え方があると言えるでしょう。

北海道の開拓は想像を絶する困難があったと伝えられています。
明治政府はクラークらを招聘してアメリカから様々な技術指導を受け、やがて彼が教鞭をとった札幌農学校からは新渡戸稲造(のちに東京女子大学初代学長となる)や内村鑑三らが育っていきました。

クラークはキリスト教の精神に基づく教育を授けたと伝えられています。もしかするとスマイルズの『自助論』も英語の勉強を兼ねて目を通した学生もいたかもしれません。

北海道の大地を切り開いた人々の忍耐強さは泰樹のキャラクターの中にうまく表現されているようで、ドラマでもぶっきらぼうながら人情がところどころににじみ出ています。草刈正雄さんの渋さともマッチしており好演と言えるでしょう。

この記事では『なつぞら』と直接な関係こそないものの、トリビアとして明治時代の日本では『自助論』が当時の若者たちの心を揺さぶったことを記しておきたいと思います。

この本に心を揺さぶられ、北海道開拓など様々な事業に情熱をもって邁進した当時の若者たちの努力の積み重ねが元となり、いまの私達の暮らしがあることに改めて深い感慨を覚えます。