一色まこと先生の漫画『ピアノの森』。

この作品はNHKでもアニメとして放映されています。

その中に登場する元ピアニストであり、主人公一之瀬海の師匠でもある阿字野壮介。

華麗な技巧を武器に楽壇にデビューし一世を風靡するも、不幸な交通事故によりキャリアを絶たれてしまいます。
その後失意の日々を送っていたある日、阿字野壮介は一之瀬海という才能に巡り会います。

それが二人の転機となり、やがて一之瀬海は阿字野壮介を師としてショパン国際ピアノコンクールに挑む――。

このようなあらすじの作品ですが、さて阿字野壮介のモデルは誰なのでしょうか?

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阿字野壮介のモデルは誰? 現実のピアニストの事例から考えてみた

具体的にモデルが誰という公式な発表があるわけではありませんから、あくまでも自分なりに考えてみた結果を記しておきたいと思います。

私なりの考えとして、次の3人のピアニストに阿字野壮介を思わせるようなエピソードが見られます。

1.スタニスラフ・ブーニン

スタニスラフ・ブーニン(ロシア、1966~)は若干19歳にして1985年の第11回ショパン国際ピアノコンクールで優勝。(阿字野壮介は周囲の期待とは裏腹に同じコンクールで予選から進めませんでした。)
その後、コンクールの風景を撮影したNHKの番組から日本で大ブームとなり、若い女性たちがコンサートホールに詰めかける「ブーニン現象」が巻き起こりました。

ブーニンといい、フジコ・ヘミングといい、いつの時代でも突如として光があたるピアニストがいるようです。

ブーニンの巻き起こした社会現象は、まさに『ピアノの森』での阿字野壮介の活躍と重なるものがあります。

(当時のブーニン。TVCMにも起用されるほどの人気だった)
 

2.マウリツィオ・ポリーニ

マウリツィオ・ポリーニ(イタリア、1942~)も18歳のときに第6回ショパン国際ピアノコンクールで優勝を果たしています。

その時、審査委員長を務めたアルトゥール・ルービンシュタインが「今ここにいる審査員の中で、彼より巧く弾けるものが果たしているだろうか」と述べ、彼の抜きん出た技巧を高く評価しました。

当時、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から厚い信頼を寄せられていた指揮者、カール・ベームもポリーニの正確極まりない音楽を好み、たびたび自分の演奏会におけるコンチェルトのソリストとして迎えています。

阿字野壮介との共通点は、やはり王者のような(と言っても間違いではない)覇気に溢れた豪快なタッチと機械のように精巧なコントロールが挙げられるでしょう。


(ポリーニの得意とするショパンから、『バラード第1番』)

3.ディヌ・リパッティ

ディヌ・リパッティ(ルーマニア、1917~1950)は今からおよそ70年ほど前に亡くなったピアニスト。しかし今でも多くのピアノ愛好家を惹きつけてやまない魅力があります。
もう何年も前になりますが、東京藝術大学の大学院生と一緒にお酒を飲んでいたら、「リパッティが、リパッティが」と何度もこの名前を聞かされました。

そのリパッティは若干33歳にして悪性リンパ腫でこの世を去りました。
人生が終わるその時まで音楽に身を捧げていた彼は、主治医を振り切って「ぼくは約束した。ぼくは弾かなくてはならない!」と生涯最後のコンサートに向かったと伝えられています。

こうした悲劇的な色彩を放つ生涯は、不慮の事故により唐突にキャリアが断ち切られ、ふとした瞬間に陰りを見せる阿字野壮介の言動にどことなく重なるものがあります。
(阿字野壮介は、しかし一之瀬海と知り合ったことにより、壮年期にあってピアニストとしてのとある転回点を迎えます。このあたりは物語ならではのドラマ展開となっています。)



(リパッティの録音には今なお多くの愛聴者がいます。)

おわりに

以上が、私なりに考えてみた阿字野壮介を彷彿とさせるピアニストたちになります。

これらのピアニストのCDは今でもお店などで簡単に手に入れることができるかと思います。ご参考に代表的な録音をご紹介いたします。
(リパッティは、録音年代が古く、モノラルとなっています。彼のCDは店頭ではやや入手困難かもしれません。)