NHKなどでも報道されている通り、NGT48に所属するアイドル・山口真帆さんが「男性から暴行を受けた」ことが明らかになりました。

警察によりますと、先月8日「NGT48」のメンバー、山口真帆さんの新潟市内にある自宅の玄関先にファンの男2人が押しかけ、帰宅した山口さんの顔をつかむなどしたとして暴行の疑いで逮捕されました。
2人はいずれも25歳の無職と男子大学生で、調べに対し「山口さんと話がしたかった。大ごとになるとは思わなかった」と供述する一方、暴行の容疑については否認していたということで、その後、不起訴になり釈放されています。
(https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20190109/0023654.htmlより)

山口さん本人がツイッターやSHOWROOMの配信で自分の身に起こった出来事を自ら明かしたことが、このような報道のきっかけになったものと思われます。

ご本人が自ら事件のいきさつを発信した――。このことに、時代の流れを感じざるを得ませんでした。

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かつては隠蔽が頻繁にあったのではないか

これまでも、こういう噂を聞いたことがあったのではないでしょうか。

・プロ野球選手Aは、球団オーナーから手厚い待遇を受けている。〇〇ホテルのスイートルームはAがいつも使うことができる。そこに連れ込んだ女性と何をしても、オーナーがもみ消してくれるらしい。

・芸能人Bは、誰々と交際していたが暴行事件を起こした。プロダクションが内々にお金で解決した。

こうしたトラブルの被害に遭った人の生の声は、ほぼ公になることはありませんでした。

インターネットは、いつでも、どこでも、誰とでも。

しかしインターネットが普及し、LTEで高速な通信が可能になるとSHOWROOMのように今の自分の姿をを自宅なりタクシーなりで動画配信できるようになりました。
ツイッターでは瞬時に自分の言葉を発信できるようになりました。

つまり誰もが、大企業なり犯罪者なり、あるいは(言葉が悪いですが)隠蔽体質の組織への対抗手段を持つことができるようになったと言えます。
例えばアラブの春も個人がインターネットを通じて結びきを強めることで起こった出来事でした。

情報統制が結局大失敗した例

かつてソ連や東ドイツといった社会主義国は、国民を確かな事実から遠ざけることで社会を統制していました。ベルリンの壁はまさにその象徴でした。
ベルリンの壁が建設されたのは、東ベルリン市民が西ベルリンへ逃げ出さないようにするため=交流を遮断するためでした。

しかし徐々に情報統制を基にした非人間的社会(東ドイツでは密告が奨励されたこともあったようです)は維持ができなくなり1989年にはベルリンの壁が崩壊。同年12月にはマルタ島でゴルバチョフとブッシュによる会談が行われ、冷戦は終結しました。

東ドイツと似たような事例が芸能界でも発生している?

さて今回の山口真帆さんの真相告白からNHKの報道に至るまでの流れを見ていると、

・関係者は穏便に、表沙汰にならないように解決しようとした

・しかし思ったように物事が運ばなかった

・苦渋の決断として、山口さんは真相を自ら明かした

・そのことで注目が集まった結果、NHKなどが報道した

であったものと思われます。大げさかもしれませんが、かつて社会主義国が辿った「情報統制 → 失敗 → 崩壊」のプロセスが、規模は全く違いますが似たような図式で日本の芸能界で展開されているようにも見えます。

「歴史は繰り返す」とはこういうことでしょうか。(大げさかもしれませんが。)

「ペンは剣よりも強し」の時代が来つつある?

一連の報道を見て、私なりに「ペンは剣よりも強し」の時代が来つつあると思いました。
インターネットがなければ個人がここまで情報発信できなかったはず・・・。
闇に葬られてもおかしくはなかったはず・・・。

それが、インターネットの登場により世界中に自分の立場を発信できるようになりました。
「透明性」が求められるのは公務員だけではなく、どの組織も何よりも事実関係に基づいた情報発信と信頼構築がますます重んじられるようになる・・・。

以上が今回の報道を見ての私なりの考えになります。

私自身はNGT48にさほど詳しいわけではありませんが、関係者の方々には正確な説明を期待したいと思います。


追記:この記事を作成した翌日、「被害者」である山口真帆さんが謝罪しました。
なぜ被害者が謝罪を・・・。理解に苦しみます。これではかけがえのない「信用」を失うだけであり、逆効果です。

ファンの皆さんが求めているのは謝罪ではなく確かな事実の公表、原因究明と再発防止策のはず。
「謝罪」で片付けて、より本質的な事柄から目を背けるのは、「空気」が「ロジック」よりも尊重されるムラ社会特有のもの。
こんな行動パターンは平成で終わりにすべきです。