こういう声がニュースになってきたということは、ようやく昭和脳がオワコンになってきたからでしょうか。


図を見れば一目瞭然。「参加したくない」が「参加したい」に肉薄しています。

4割といえば、日本国内のトヨタ車シェアに匹敵します。
半数近い人たちが「参加したくない」・・・。ということは、かなりの数の参加者がニコニコ顔をしているように見えても早く帰りたいと思っていることになります!(または、欠席。)

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飲み会(オワコン)の強制は昭和脳のハラスメントか

昭和という時代。
カローラ、シビック、ブルーバードが飛ぶように売れ、人気番組は軒並み視聴率50%超を記録していました。

みんなで一律に何かを買う、観る、する・・・。
それが昭和の一億総中流と呼ばれた時代の行動パターンでした。

その時代は終わりを告げ、今やSNSで個人が社外の人とつながり、みんなで観るテレビは個人で観る動画に置き換えられつつあります。

そんな中、「みんなで(ほんとは嫌なのに)食事をしたりお酒を飲んだりして(見かけ上の)団結力を高める」という昭和的儀式はオワコンになりつつあります! 

昭和脳はオワコンにすべきだ論

調査を行った田辺三菱製薬では「せっかく開催している忘年会にネガティブな気持ちで参加している人たちが一定数いることがうかがえる。会社側としても何らかの対応策が必要になるのではないか」と話しています。
ニュースにはこう書かれています。
「何らかの対応策」って何でしょうか? みんなで楽しめる飲み会を考えることでしょうか。
私は違うと思います。

日本のサラリーマンは他の国々の労働者と比べてモチベーションが低いことが知られています。
失業へのセーフティーネットが脆弱で転職というオプションを行使しづらいため、「この会社で働きたくないけど、失業よりマシ」という気持ちが背景にあると思われます。

「団結力を高めよう」という小手先の対応策はナンセンスであり、そもそも「飲み会」という催し自体が昭和脳の産物だと認めることがまず先決ではないでしょうか。

最近ではダイバーシティ=多様性という言葉が注目されています。
他方でアルコール(毒物です)を伴う飲食を行い、それを「仲間になるための(部族の)儀式」であるかのようにみなすことは、まさに労働環境が長時間労働に耐えうる健康な男性中心に動いていることの現れではないでしょうか。

つまり、飲み会をすることは
・育児中だ
・介護をしている
・闘病生活を送っている
・家族と過ごす時間を大切にしたい
・お酒が飲めない
といったいろんな事情がある人たちを居づらくさせるだけだ・・・。
それはダイバーシティに反するうえに、ある意味で事情がある人たちへのハラスメントになりかねない。
これが私の言いたいことです。

おそらく、「飲み会」文化は今後ますます衰退するはず。
そして長期的には「飲酒」自体、健康を損ない、ひいては医療費の増大=増税につながるわけですから、だんだん好まれなくなるはずです。

なにしろ30年前は新幹線での喫煙は別に普通でしたし、歩きタバコも当たり前。
今ではこうした行為に共感する人は少ないでしょう。
こうしたスパンで見ていくと、飲み会に行きたくない人は時代の先駆者なのかもしれません。

いや、だんだん共感者が増えてマジョリティになっていくはず! 私はそう願わずにいられません。


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