これは、国語の教科書(大修館書店)にも遠藤周作のエッセイが掲載されているお話なのでご存知の方も多いでしょう。

コルベ神父は戦前の長崎で布教活動をしていましたが、日本の孤児を救うため資金集めに故郷ポーランドに戻ったところをナチスに捕らえられ、あのアウシュビッツ収容所に送られました。

厳しい環境のなか、脱走者が出るたびに見せしめのために囚人たちが処刑されていきます。
ある時、処刑を指名された男が「自分には家族がいる。だから殺さないでほしい」と泣き始めました。

するとコルベ神父は、「自分には子供も家族もいない。処刑するなら私を選べ」と身代わりを申し出ました。所長(当時)だったかのルドルフ・ヘスはその申し出を認め、「飢餓室」と呼ばれる部屋にコルベ神父を閉じ込めました。そして飢えと苦しみの日を送らせたと言われています。

コルベ神父はそれでも2週間ほど生き続け、最後は注射により殺害されました。
本心なら誰もが生きのびたいはずのところを、身代わりを申し出て誰かの代わりに死ぬ、そんな行為がアウシュビッツというまさにこの世の地獄で行われていたとは・・・。


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(コルベ神父。画像:ウィキペディアより)

コルベ神父の「奇蹟」、遠藤周作も感動

この話は遠藤周作のエッセイ『万華鏡』に収録されている「人形の話」に掲載されています。長崎、そしてアウシュビッツを訪れた遠藤周作はこうコルベ神父について書き記しています。

私は「奇蹟」とは不治の悩みを治したり、石を金に変えることとは思っていない。「奇蹟」とは我々が出来えぬことを行うことである。コルベ神父は凄惨きわまる地獄のようなナチ収容所で、我々のできえぬ愛の行為を実行した。これこそ私は奇蹟とよぶ。

コルベ神父は後年、ローマ法王により列聖されました。

「奇蹟」そして人間とは

国語の教科書にも採用されている文章ですから、おそらく編纂した方たちは「現代に近い時代に行われた出来事を取り上げ、『人間とはなにか』という問いに基づき思考を深めてほしい・・・。」そういう願いがあったものと思われます。

私なりに「人形の話」をこの観点から考えると・・・。

・筆者は「奇蹟」を「愛の行為」と定義していること。手品のような技術やまやかしではなく、普通の人には出来ないことを自ら進んで実行した。その「愛」を「奇蹟」と呼んでいる。

・自ら身代わりを選んで死ぬ人もいれば、他方で「ガス室で老人や女や子供を殺したナチ親衛隊の将校たちが夜は自宅に戻り、わが子を抱き頬ずりをし、そして妻とモーツァルトの音楽に聞きほれた」。もちろん将校も一人の人間であり、家族を愛していた。命令に従って業務を実行していた。なぜそういう残虐なことができたのか。自分が同じ立場だったら、やはり平然と実行しただろうか。

・太陽が沈んでいく雄大な景色を見て、囚人たちが「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」と独白したこと。極限状態にあっても、人は美しさを求め、感動する心を持っている。

じつは囚人たちは連合軍により解放されたとき、口々にこう尋ねあったそうです。
「なあ、ちょっと訊くけど、きょうはうれしかったか?」
「はっきり言って、うれしいというのではなかったんだよね」
解放され、生き残ったというあまりの出来事をにわかには受け入れることができなかったためだと言われています。(出典:『夜と霧』

おわりに

このように、二度と繰り返してはならない悲劇についての本を読み、そう遠い昔ではない時代の出来事を振り返るとき、私も遠藤周作と同じく愛と残酷をあわせ持つ人間性の不思議さに思わず沈黙せざるを得ないのでした。

冬休みにはまとまった時間が取れるはずですので、もう一度アウシュビッツ収容所の出来事が克明に記された『夜と霧』を読み返そうと思いました。