2018年11月18日、東京都羽村市にてヴァイオリニスト・荒井里桜さんのコンサートを聴きました。

私は以前荒井里桜さん、経歴は? 日本音楽コンクール・バイオリン部門で1位!という調べもの系の記事を書いたことがあり、ならば実際にどんな演奏をされている方なのか確かめなくてはと思い、コンサートホールに足を運びました。

結論から書きますと、明らかにこれから「買い」なヴァイオリニストです!

荒井さんは1999年東京都出身。2018年10月の日本音楽コンクール・バイオリン部門で1位となり、その時はブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏しています。

そして羽村市でのコンサートでも同じ曲目を東京交響楽団と共演していました。

どんな演奏だったのかと言いますと・・・。
(以下は、専門家ではない私なりの観点です。)

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ブラームス『ヴァイオリン協奏曲』とは?

わざわざ書くまでもありませんが、ブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』は3楽章形式で全曲およそ40分程度の作品です。
当時の大ヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムの演奏に感銘を受けたことをきっかけに作曲されました。

ブラームスらしいロマン溢れる名旋律の数々をしっかりとまとめあげた、起伏の多い曲となっています。
1879年、やはりヨアヒムの独奏により、ブラームスの指揮で初演となっています。
この記事のコンサートではソリストは言うまでもなく荒井里桜さん、指揮は飯森範親さん、オーケストラは東京交響楽団でした。

荒井里桜さんの演奏するブラームスは

荒井さんは真紅のドレスでステージに登場しました。
私はこれを見た瞬間、「あ、分かってらっしゃる」とこれからの演奏に期待を膨らませました。

ブラームスといえばなんとなく地味な雰囲気の作曲家ですが、内に秘めた情熱が血のようにほとばしり出るような作品が多数あり、しかもその感情表現がけっしてあからさまにならず、かならず「だがしかし」「それでいいのだろうか」「それでいい」のように問いかけと応えを繰り返して、蛇行しつつ展開していくようなところがあります。

その表になかなか出ないようなブラームスの感情表現を、さらには荒井さんの考えるブラームス観をドレスで暗に表現しているかのようで、雰囲気づくりとしては成功していると言えるでしょう。

演奏そのものは、まさに美音の連続でした。美音というと抽象的ですが、往年のヴァイオリニストで例えるならグリュミオーのような系統の音色といえば当たらずといえども遠からずといったところではないでしょうか。

美音の連続でどこまでブラームスに踏み込んでいるのか、陰りが必要なのではないかという観点もあるかと思いますが、汚い音よりはきれいな音であるに越したことはありませんから(もちろん表現上の必要に迫られてあえて汚い音をだすという手段もあるでしょう)、その点は聴いていて非常に心地よいものでした。

また、音がきれいである上に、細かな技巧も精緻に演奏するよう心がけている様子が伺われました。
例えば第一楽章のカデンツァからコーダまでの盛り上がりは最大限の集中力で弾いていたようです。

その集中力も第二楽章、第三楽章でも途切れることなく、第三楽章の熱狂的なロンドソナタの終結部分までオーケストラの中に埋もれることなく対等に渡り合っていました。

オーケストラは数十人、ソリストは一人・・・。ソリストがオーケストラに引けを取らないで音楽を演奏するのは本当に大変なことですが、荒井さんはその役を見事に果たしていました。

私は以前、往年の名ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルの演奏で同じ曲を聴いたことがありますが、ヘンデルの演奏はまさに人生の終わりに奏でるにふさわしい、これまでの道筋を振り返るかのような郷愁に満ちたものでした。
荒井さんの場合はまさにその逆で、これから歩むべき道を丘の上から見下ろしているかのような、ひろびろと胸が膨らむような力強さに満ち溢れていました。
(余談ながら、私も一応ヴァイオリンが弾けますが、あと50年練習しても絶対にあんなに上手く弾けません!)

おわりに

現場確認的な意味で羽村市まで足を運びましたが、さすがに権威ある日本音楽コンクールで1位になっただけのことはあります。

今後も荒井さんは様々なオーケストラと共演したり、リサイタルを開いたりすることがあると思います。
今回はキャパが850人ほどの中規模のホールで、オーケストラを聴くにはちょっと手狭な規模の会場でした(後半プログラムのベートーヴェンの『運命』では音が充満しきっていてかえって大変な迫力でした)が、東京文化会館やサントリーホールのようなホールでは彼女の演奏するブラームスなり、モーツァルトなりの協奏曲やソナタはどんな響きがするのか、また年を重ねるにつれてどう演奏スタイルが変わっていくのか、今後の活躍に注目すべきヴァイオリニストであることは間違いありません。

荒井さんはまだ東京藝術大学の2年生ということでこれからの変化に期待しつつ、また例えば海野義雄さん、江藤俊哉さんや諏訪内晶子さん、樫本大進さんのような偉大な日本のヴァイオリニストの伝統に連なる方となって頂けるよう、今後も活躍を祈りつつ、折に触れてコンサートに足を運んでゆければと思います。


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