ちょっとした空き時間に本屋を訪れたところ、森下典子氏の著作『日々是好日』が平積みになっていました。

この本は私が2年くらい前に読んだ本でした。
新刊でも何でもないのになぜだろうと本の山に近寄ると、「映画化」の文字が。

それで納得がいきました。たしかに名エッセイと言っても過言ではない『日々是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。
著者森下典子氏は二十歳のときから茶道を始めたそうです。以来25年(出版当時)にわたり、就職でつまづいたり、失恋、そして家族の死といった人生の出来事の隣には常に「お茶」があったそうです。
そんな「お茶」をもとに「生きる」ことを真摯に見つめる――。読後爽やかな一冊です。

久しぶりにページをめくって、自分なりに感銘を受けた箇所について考えてみました。



「時間」とともに生きる

春夏秋冬。1年は4つの季節に分けられる――私たちは当たり前のようにそう思っていますが、古い暦では1年は24に分かれています。
茶道の先生の家をどしゃぶりの日に訪問した森下氏はこう回想します。

どしゃぶりの日だった。雨の音にひたすら聴き入っていると、突然、部屋が消えたような気がした。私はどしゃぶりの中にいた。雨を聴くうちに、やがて私が雨そのものになって、先生の家の庭木に降っていた。
(「生きてる」って、こういうことだったのか!)
ザワザワと鳥肌が立った。
お茶を続けているうち、そんな瞬間が、定額預金の満期のように時々やってきた。
それは、子どものころには理解できなかった「何か」を年月の経過とともに分かってゆくということ。
年をとるというとどことなくネガティブなイメージがありますが、心の襞が細やかになっていくということでもあり、じつはとても素晴らしいことなのでした。

このお話が本の冒頭に出てくるということは、つまりこの「時間の流れ」がこのエッセイの根底にあるメッセージになっていると考えるのは的外れではないでしょう。

彼女は言葉を続けてこう語ります。

子どものころにはわからなかったフェリーニ監督の『道』に、今の私はとめどもなく涙を流す。理解しようと努力などしなくても、胸えぐられる。人には、どんなにわかろうとあがいたところで、その時がくるまで、わからないものがあるのだ。しかし、ある日、わかってしまえば、それを覆い隠すことなどできない。
私自身はヴァイオリンを素人ながらに一応弾きます。この楽器の難しいところは、プロを目指すならば2,3歳の頃から始めなくては完全に手遅れになってしまう点にあります。
ところがバッハやベートーヴェンのような音楽を演奏するにはそれなりの精神的成熟が必要とされているため、「天才少年」と言われる学生が弾くバッハも結局は子供の音楽でしかなかったりします。
大人の音楽を弾けるようになるためには、子供のときから大人の音楽を仕込まなくてはならないというのは、子供自身にしてみれば大変な理不尽です。

そのまま行き詰まりを感じてドロップアウトしてしまう「かつての神童」もいれば、30歳を超えた辺りから深みのある演奏をするようになる人もいます。

その違いはつまるところ「時間の流れ」のなかで「生きている実感」とともに音楽を他人事ではなく、わがこととするきかっけがあったか、なかったかではないかと思います。

自分はプロではありませんが昔は全然わからなかった曲(たとえばバッハの「シャコンヌ」)があります。
しかし長年何度も耳にしていると、ある日ふと「わかる」瞬間が訪れるのです。
この「わかる」まで時間的距離が短い=素質があるというのかもしれませんね・・・。

私も日々「時間とは」「時間をかければ良いものになるのか? 上手くなれるのか」など考えながら暮らしています。そうした積み重ねがいつか実を結ぶと良いのですが・・・。

雨の日は、雨を聴くこと

この本はまさに「生きる」ということを時の流れのなかで、「お茶」を通じて見つめ続けた証といえます。きりが無いのでもう一節を引用いたします。

森下氏は平成3年、お茶を始めて15年目のある日、やはり雨の日に次のような実感に至ります。
雨は、降りしきっていた。私は息詰まるような感動の中に座っていた。
雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。……どんな日もその日を思う存分味わう。
お茶とは、そういう「生き方」なのだ。
この文章からは、茶道が四季折々の美しさがある日本の伝統に根付いたものであることが伺われます。
そして季節の歩みとともにお茶を味わい、生きているという実感を味わう。

「日々是好日」とは、まさにこの実感を指していう言葉なのでした。
毎日を生きていると、些細なことで腹を立てたり、思うようにいかないことを理由にストレスを溜めたりするもの。
しかし「雨の日は、雨を聴く」という心構えがあればすべての日が人生にとってかけがえのないものになるはず・・・。そう教えてくれているようです。

まとめ

久しぶりに読み返してみた『日々是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』。
引用できたのはほんの一部ですが、他にも本物を見ることの大切さや一期一会の重みなど、ハッとするような言葉が散りばめられています。

しかも難しい言葉遣いではなく、私たちが日常使っている当たり前の言葉で、深いことをやさしく語りかけてくれています。

たとえ茶道に関心がない方であっても(もちろん関心のある方も)、かならず爽やかな読後感とともに深い感動を残してくれる一冊だと思います。
2018年10月時点では本屋に平積みになっているはずですので、ぜひどうぞ。