2018年10月、ファッション通販サイトのZOZOTOWNの前澤友作社長が自身のコレクションとしてヴァイオリンの銘器であるストラディヴァリウス「ハンマ」を購入したことが明らかになりました。

ストラディヴァリウスといえば、17世紀~18世紀に活躍したイタリア・クレモナの職人ストラディヴァリが製作した、銘器中の銘器。

私もヴァイオリンを(一応)弾きますので、このニュースにはドキッとなりました。
そこで、いったいどんな作品で、いくらなのかを調べてみることにしました。


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(筆者私物:ストラディヴァリウス「クレモネーゼ」を模して、あるブルガリアの職人により製作されたもの。)

ストラディヴァリウス「ハンマ」、どんな作品か

イタリアのヴァイオリン製作家、アントニオ・ストラディヴァリ(1644?~1737?)が製作したヴァイオリンは「ストラディヴァリウス」と呼ばれており、93年の長い生涯のうちにおよそ2,000を超える作品を生んだとされています。
その中でも特に傑作として知られている作品は「メシア」「サンライズ」「ドルフィン」「ヴィオッティ」「マダム・レカミエ」などニックネームがつけられています。

「ハンマ」はどうでしょうか。
このヴァイオリンは1717年製。『ストラディヴァリウスの真実と嘘』(中澤宗幸著)によると、
ストラディヴァリウスの中でも、なかなか音が鳴りにくい“強い楽器”です。強く弾いても音はつぶれない代わりに、弓をきちっと弦に吸い付かせて弾かないと音が出てくれません。
(中略)
私の妻であるヴァイオリニストの中澤きみ子は「ハンマ」を弾き込んでいるとき、「毎日、じゃじゃ馬馴らしをしているようだ」とため息をついていました。しかし、数ヶ月かけて弾き込み、いったん音が“鳴る”ようになると不世出の名馬に変わるのです。
とのこと。「ハンマ」というニックネームは、シュツットガルトの楽器商であったハンマ商会が所有していたことに由来しているそうです。

ストラディヴァリウス「ハンマ」、一体いくらなのか?

ヴァイオリンの銘器と呼ばれる作品は、ロンドンやニューヨークなどのオークションで競売にかけられるのが通常です。いわゆる「定価」「希望小売価格」が存在しません。
その代りに、「相場」というものが形成されています(骨董品、美術品の世界もそうですよね)。

では「ハンマ」は一体いくらで購入されたのでしょうか?
ZOZO前澤友作社長、今度はストラディヴァリウスをコレクションに。」というニュースソースを確認したものの、価格は公表していません。

しかしながら「相場」を確かめることで概ねの金額を推定することは可能です。
ヴァイオリンの銘器の相場は年々上昇を続けており、日本有数のヴァイオリン鑑定人でありディーラーでもある神田侑晃氏の『ヴァイオリンの見方・選び方』によると、1970年頃にはストラディヴァリウスは3000万円で取引されていたとのこと。2011年には3億~4億に高騰しました。
東日本大震災ののち、復興資金捻出のために日本音楽財団が所有していた「レディー・ブラント」(1721年製)は競売を経て2011年に約12億円(当時としては過去最高額)で落札されました。

では「ハンマ」はいくらでしょうか。

ケンウッドの代表取締役を経て音楽プロデューサーである中野雄氏が著作『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』執筆にあたって、前述の神田侑晃氏に確認したところでは、2017年4月時点で「ロング・ストラド」期(概ね1690年代の作品をこう称しています)のストラディヴァリウスの国内市場取引価格は5億円前後、「黄金期」と称される1700年以後(つまり「ハンマ」も該当)の作品の相場は15億円前後だとされています・・・。
(ちなみに、グァルネリもストラディヴァリウスと並ぶヴァイオリン製作の名匠です)。

これらの情報を勘案すると、「ハンマ」も少なくとも10億円はしているはず。これくらいの数字が当たらずといえども遠からずと言ったところではないでしょうか。

おわりに

ヴァイオリンはとにかく高いです。
私の持っているヴァイオリンも70万円、弓は40万円程度ですが、アマチュアでもある程度の音色を求めるなら、これくらいの出費は強いられます。
プロヴァイオリニストともなれば何千万円の楽器を所有していてもごく普通のことです。
あまりに高額なので、外国の空港で「密輸ではないか」「転売目的で持ち込もうとしているのでは」などと疑われて差し押さえられたり、巨額の関税をかけられたりする事件が複数回発生しています(特にフランクフルト空港)。

実際には個人のポケットマネーで購入することは不可能に近く、メセナ活動に熱心な企業や文化活動を支援している財団などが所有しているヴァイオリンを貸与するというのが一般的です。たとえば諏訪内晶子氏が使っているストラディヴァリウス「ドルフィン」は日本音楽財団から貸与されています。

さて「ハンマ」ですが「ZOZO前澤友作社長、今度はストラディヴァリウスをコレクションに。」によると、
前澤社長はこの「Hamma」に関して「今後、このストラディヴァリウスを世界中ぐるっと旅させます」とコメントを発表。
「現地の音楽家の皆さまにもご協力いただきながら、その国や地域の子供たちの耳に、この力強くも繊細な奇跡の音色を届けていければと思います」としている。

と書かれていますので、様々なヴァイオリニストに貸与され、おそらくチャリティコンサートなどでその音色を響かせるはずです。
2018年10月9日から森アーツセンターギャラリーで始まる「STRADIVARIUS 'f'enomenon -ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展」でも展示・演奏されるようですので、気になる方はぜひ足を運んでいただければと思います。

貴重なストラディヴァリウスがその真価を発揮して、多くの方が音楽の楽しさに触れていただけることを、私も楽しみにしています。


参考文献:
ストラディヴァリウスの真実と嘘 至高のヴァイオリン競演CD付き
ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢 (文春新書)


2018年10月13日追記:上述の催しにて「ハンマ」も実際に展示されていました。
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(筆者撮影。展示会は撮影可能でした。)