元SMAPの中居正広がLINEを使っていない、むしろガラケーを使っていて友人も作っていないということを最近知り、私は衝撃を受けました。

なぜなら私も2ヶ月前までガラケーを使っていて、一生これでOKと思っていました。
しかし旅先で突如として液晶が映らなくなり、帰京後に泣く泣く一番安いスマホに買い替えたのでした。

このブログは「友だちいない研究所」。
友だちがいないぼっちの暮らしについて考えてみるのが主な目的です。

今日は中居正広のことについて考えてみました。


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中居正広、LINEを使わないのはなぜ?


調べてみたところ、次の情報が見つかりました。
「中居は『共通して持ってるアプリだけ教えて』と質問すると、共演者からは『LINEなら入ってる』と口を揃えました。すると、それが何かは知っていたようで、瞬時に苦い顔を見せて『LINEって読んだか読んでないかわかるんでしょ?』と既読通知機能について嫌悪感を示していました。これこそ、中居がスマホに踏み出せない最大の理由なのかも知れません」
(出典:https://asajo.jp/excerpt/49461)

既読か未読かわかってしまうのが嫌いだとか。
世に言う「既読スルー」などで、私たちは相手の気持ちがなんとなく分かってしまいます。
芸歴が長くて司会業が得意な彼のこと、人の気持ちを読むことに長けていると考えるのは的外れではないでしょう。「相手にどう思われているか」がほの見えてしまうのは好きではないのかもしれません。

少なくとも2017年末の段階ではガラケーを愛用していて、
中居はいまでも携帯電話が「ガラケーだね」と明かし、「LINEもやったことない。パソコン持ってないです」と語った。
(出典:https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20171213/Myjitsu_038429.html)
と語っています。パソコンも持っていないのは徹底していますね。

中居正広が友人を作らないワケ

もともと一人でいることを好む彼について、
30歳から40歳までの約10年間、芸能界で交友関係を広げなかったという中居。30歳を迎えた誕生日に「よし、タレントの友だちを増やすのやめよう」と決意。「友だちを作らなかった。ちょっと、1回(関係を)断ってみようみたいな」と当時の心境を振り返った。

そこまで決断したのは、「自分を変えないと」「もう1つ上に行くなら環境を変えないといけない」という思いがあったから。ダウンタウン・松本人志やとんねるずの石橋貴明といったそれまで繋がりがあった人を除いて、「新しくタレントさんとご飯に行くことは1回もなかった」という。

中居から「本当に遊んでなかったもんね」と言われた出川哲朗。2人は古くから付き合いのある関係だが、そんな出川ですら「一時期あったね」と距離を置かれていたようだ。
(出典:http://news.livedoor.com/article/detail/9801669/)
と記事もあります。
Googleでもキーワードサジェスト機能で「中居正広 友人」と入力すると「友達少ない」と候補が出てきてしまいます。

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しかし友人が少ないのは、彼なりのプロ意識によるものでした。「芸能人としてもっと高みを目指したいから、余計な人脈を作らない」というのはうなずける話です。

安定したMCで知られる彼ですが、バラエティ番組で出演者が「お友だち」ばかりだったら、番組中でもお互いの言動が交友関係に縛られてしまいますから、どうしても歯切れの悪いものになるでしょう。

中立の立場だから、視聴者のための発言ができる。視聴者のための発言をすれば、番組が面白くなり、視聴率も上がる。結果、芸能人としても成功できる。これに尽きるのではないでしょうか。

中居正広について、表現者としての立場から考えてみた

以下は、何かしらの出典を提示できない、私なりの見解にすぎません。本人に訊ねたわけでもありませんのでご了承ください。

本日の記事でまとめたように中居正広が人とあまり繋がりたがらないのは、表現者としての自覚が心のどこかにあるのではないでしょうか。

宮沢賢治は「告別」という詩で次のように書いています。(以下の引用は作品の一部です。)

みんなが町で暮したり
一日あそんでゐるときに
おまへはひとりであの石原の草を刈る
そのさびしさでおまへは音をつくるのだ
多くの侮辱や窮乏の
それらを噛んで歌ふのだ
もしも楽器がなかったら
いゝかおまへはおれの弟子なのだ
ちからのかぎり
そらいっぱいの
光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ
この作品は、語り手(作者)が「おまへ」に向けてみんなが遊んでいるときに、ひとりで音をつくるのだ、と呼びかけます。表現者であろうとするためには、孤独でなくてはならないと。

この詩を足がかりに考えてみると、中居正広ご本人にとっては、友人が限られていることはむしろポジティブなことなのではないでしょうか。
友人が多いことは常に良いと言えるのでしょうか。私は、そうではないという立場を取ります。

表現者としてドラマ、音楽、司会、様々な役割を担う以上、やはり自分らしさ=オリジナリティは必要です。オリジナリティは自分と向き合う時間、本を読んだり物事を考えたりする時間から紡ぎ出されるもののはず。

以上が私なりの考えになります。

もし中居正広が小説を書いたら、さぞかし深い話になりそうではありませんか?
どうしてもそんな想像をしてしまいます・・・。